連載小説
[TOP][目次]
第二章:伝説は絶望より来たる 3
「…早く、ダオスが居るダオス城に行きましょう! いくら歴史のためだからと言って、こんなのあんまりです!!」
「ティアラ。歴史を変えるわけにはいかないんだ、このまま様子を…」
「蒼樹さんは周りの様子が見えないんですか!? マナを吸い尽くされ、枯れ果ててしまった木が! 砂になってしまった石が!」
「む…」

ティアラに言われるがままに、悠汰は周りの様子を見た。確かに先ほどまで弱々しくもきちんと立っていた木が、まるで枯れて数年間打ち捨てられたかのような姿になっている。

いくら歴史のためとはいえ、このままの状況を放置しているわけにもいかない。

だが、悠汰の中にはマーテルに言われた『歴史を食らう怪物を蘇らせないためにも、歴史を改変するわけにはいかない』という言葉が胸に刻まれている。故に、ティアラの要望を受け入れるわけにもいかなかった。

だが、そんな彼に早く決断しろと言わんばかりにティアラの視線が突き刺さる。徐々にその視線が怒気を帯びてきた。

「分かった、行こうじゃないか。もしかしたら、レイガ達とそこで鉢合わせをするかも知れない。彼等の改変を止めるためにも、ダオス城に行かねばなるまい」
「ありがとうございます。でも、確か参戦登録が必要だったはず…」
「話は終わったかね?」

そう声をかけてきたのはアレスだった。その手には五枚の紙がある。それにはヴァルハラ戦役参戦許可証と記されていた。さらにヴァルハラ平原からダオス城へ行くためのルートが記された地図を持っていた。

だが彼の顔には何かに引っ掻かれた痕が、頭には何かで殴られたようで、こぶが出来ていた。

「え、いつの間に!? と言うか、どうしたんですかその傷!?」
「君達が喧嘩をしている間だね。この傷跡は…」
「お兄ちゃんったら、城の中の受付の人見て鼻の下伸ばしてたんだよー」
「こう言うときですから…つい」
「仕方ないね。俺も男だ」
「なんだ、いつものことですか」

少しだけむくれたように言う翠那と、恥ずかしそうに言うアリア。どうやら彼女達の言うとおり、受付の女性が美人だったのだろう。その結果がこの有様である。

いつものことかと笑って済ますティアラ。笑い合いながら一行はヴァルハラ平原へと急いだ。



ヴァルハラ平原。すでにダオス軍の軍勢の侵攻が始まっていた。

無数の魔物達が一斉に襲いかかってくる。それに対して懸命に応戦するミッドガルズ軍ではあるが、圧倒的な物量に徐々に戦線が下げられていた。

数日かけてミッドガルズ軍の駐屯地に到着した悠汰達に、彼等の近くにいた兵士が声をかける。

「ミッドガルからの増援か? もしそうならば参戦許可証を提示して貰えないだろうか」
「はい、これが許可証です」
「む…」

アレスは持っていた許可証を兵士に渡す。受け取った兵士は、これが偽造品ではないと言うことを確かめるためにそれを改める。

正式なミッドガルズの印と国王の署名が記されており、その筆跡も間違いなく国王のものであった。それを確認し終わった兵士は、許可証をアレスに返す。

「確かに国王陛下が記したものだ。では、ご武運を」
「よし、行こう。ここにレイガ達が居るはずだ」

通行の許可を得たアレスは、全員に向かってそう声をかける。それと同時に、全員の表情が引き締まったものになっていた。

どこに居るかは分からないが、ここにレイガ達が居る。それは間違いなかった。一度彼等と戦ったアレス、悠汰、アリアの三人はいつも以上に気持ちを引き締めていた。

あの時はシノが殆ど参戦していなかった。だが、今回も彼女が来ているとするならば、彼等の力は本当に未知数である。

さらには、歴史書に記されているとおり六人でやってきているのなら今の自分たちで太刀打ちできるのだろうか。そんな不安がよぎっていた。

「悠汰、分かってると思うけど…ただレイガを倒すだけじゃ駄目だからね。私はレイガの本心が聞きたいんだから」
「私達がやるべき事は、レイガ達を止めることだ。理由は聞く必要もないだろう」
「っ…!」

悠汰の返答に、翠那は傷付いた表情を浮かべる。同時に瞳の色が薄紅色に染まった。それは催眠術を使った際に変化した赤ではなく、怒りを示すような紅だった。

薄紅色に変化した瞳はすぐに元の黒に戻る。殴りかかりたいという感情を抑えつつ、翠那はいつでも戦えるように気持ちを切り替えた。

ミッドガルズ軍の駐屯地から平原に向けて歩き出した一行。それから数時間ほど経っていた。

平原のそこかしこで魔物の絶叫と、兵士達の雄叫びと断末魔が響き渡っている。そんな中一行の目の前に銀色の鱗を纏い、体高が数メートルはあろうかという巨大な竜が現れた。竜ではあるが、どちらかと言えば恐竜に近い体型をしていた。

銀竜は一向に視線を向けると、まるで獲物を見つけたと言わんばかりに空に向かって吼える。耳をつんざくその咆哮に、全員は耳を塞いでうずくまる。

「ぬおお…!!」
「う、うるさっ…!?」
「危ないっ!!」

アリアが叫ぶと同時に、銀竜の大木のような尻尾がこちらに向かって振り抜かれる。太くしなやかなその尻尾は鞭のようにしなり、その一撃が直撃しただけで致命傷となりうると誰もが思っていた。

だが、そこに躍り出たのは意外にもティアラだった。彼女の周囲には、水色の魔力光が飛び散る。

「来たれ、水の盾。アクアシールド!!」

ティアラの詠唱が完了すると同時に彼女の周囲に巨大な水の盾が発生し、銀竜の尻尾の一撃を防ぐ。

その時の衝撃で飛び散った水飛沫の量と思い切り水面を叩いたような音が鳴り、こちらに向かってきた一撃の凄まじさを物語る。

その間に体勢を立て直したアレス、悠汰、アリアは自分の得物を手にすると、猛然と銀竜に向かって突撃する。

「烈駆槍!!」
「臥竜砕!!」

悠汰の踏み込みからの突きが銀竜の竜鱗を削る。同時に竜の懐に潜り込んでいたアリアが、軽く下半身を沈め、伸び上がる勢いを利用して渾身の左アッパーを腹部に叩き込む。

アッパーの衝撃が背中を突き抜け、竜の巨体がわずかながら浮かび上がった。

「砕身打!!」

浮かび上がった銀竜の身体に、アレスが間髪入れずに正拳を腹部に見舞う。竜鱗に覆われていない柔らかな腹部に彼の拳が深くめり込む。

三人の攻撃を受けて苦痛の咆哮を上げる銀竜。だが、すぐに体勢を立て直すと息を思い切り吸い込み、灼熱の炎を吐き出す。

「あっ、アクアシールド!!」

放たれた炎を、ティアラは再び水の盾を作り出して防ぐ。水の盾にぶつかった炎はそれを作り出した水の量と同じだけの水蒸気を作り出す。

ティアラに隠れるように、翠那は彼女の後ろで魔術の詠唱を始めた。

「我が手に来たれ、紫電の雷剣…!」

紫色の魔力光が徐々に強くなり、翠那の周囲に無数の雷光が走る。

「みんな、そこ離れて!! 蒼空を駆けよ!! サンダーブレード!!」

翠那の放った魔術は、銀竜を目標に無数の雷光となって襲いかかった。先ほど作り出された水蒸気によって濡れている竜の身体に、雷撃は絶大な威力を発揮していた。

全身を雷撃に貫かれ、竜は苦悶の悲鳴を上げる。動きが鈍っている間に、翠那はティアラの肩を叩く。

「ねえねえ、試してみたいものがあるんだけど良い?」
「何ですか?」
「えーっとね、ごにょごにょごにょ…」

耳打ちされた提案に、ティアラは良い考えだと笑顔が浮かぶ。確かにこれならあの銀竜にとどめを刺すことが出来るだろう。

「良いですよ、やりましょう!」
「よーし、一緒に詠唱してね!」

そう言って二人は同時に精神を集中させる。彼女達を取り巻くように凄まじい水色の魔力光が辺りに散る。

「集え、水の力よ。我らの命に従え」
「汝等水の槍となりて、我が前に立ちはだかるものを貫き給え」
「「アクアゲイザー!!」」

彼女達の術の詠唱が完了すると同時に、目の前に小さな川と同等の量の水が集束する。次の瞬間、それは文字通り水の槍となって銀竜に襲いかかる。

水の槍に貫かれた銀竜は、断末魔を上げながら煙となって霧散する。巨大な竜でも、力を合わせれば全員で倒すことが出来る。以前の世界の時よりも、自分たちが強くなっていることをアレス、悠汰、アリアの三人は実感していた。

それからも翼を生やした悪魔のような魔物や、トカゲのような姿に鎧を纏った魔物達と幾度となく戦いを繰り広げたが、目立った負傷などは見られなかった。

平原に入って数日が経った。ついに目と鼻の先にダオス城が見えるほどの距離まで歩を進めていた。だが、レイガ達と出会う気配は一向になかった。

それからしばらくして、もうすぐ平原を抜けると言ったところで爆発音と共に何かが叩き付けられた。よくよく見ると、それは人間だった。

金色に近い茶髪に丸いプレートメイル、真紅のマントにバンダナを付けた青年。この人物こそ、クレス・アルベインその人だった。

立ち上る煙の向こうから現れたのは、レイガ、シノ、天海、そして見たことのない二人の少女だった。

一行の姿を見たレイガは、関心の表情を浮かべる。だが悠汰を見た瞬間、嫌悪感に近いなにかを表に出した。

「前の世界以来だな、みんな。前よりは強くなってるみたいで嬉しいよ」
「やはり君は、歴史を変えるために動いているんだな。何故このようなことを?」
「そんなこと聞いてどうするんだ。言ったところで、俺が改変を止めるワケじゃない」
「レイガらしくないからだよ。だから、聞きに来たの。どうしてこんなことするの?」

アレスの横からそう言って出てきたのは、翠那だった。彼女の顔を見た瞬間、レイガはそんな馬鹿な、と自身でも知らず知らずのうちにそうこぼしていた。

レイガを見つめる翠那の瞳は、悲しみで青く染まっていた。
気弱ではあるが、誰よりも自分に愛を注いでくれた彼が、これほどまで冷たい声色で話すとは思いもよらなかった。気付けば彼女の目からは涙がこぼれていた。

「翠…、どうして…!?」
「それはこっちの台詞だよ…。教えて、レイガ。どうして歴史を変えようなんてことをするの…?」
「う…、それは…!」
「理由はなんであれ、歴史を変えようとするのならば私達はそれを止める。歴史を食らう怪物を生み出さないためにも!」

悠汰のその言葉にレイガは先ほどまで揺らいでいた心を一気に凍り付かせる。彼を見たときの嫌悪感のような何かを、今度はそれを前面に出していた。

もはやそれは憤怒どころか、憎悪に等しいものだった。

「お前は言われたとおりのことしかできないんだな…。良いだろう。お前等全員、全力で叩き潰す」
「レイガぁっ!!」
「翠!! 話は終わりだ。まだ戻れ…いや、もう戻れない!」
「うあああああああああ!!!」

怒りのあまり、翠那の瞳は血のような真紅に染まる。
今にもレイガに襲いかからんとした瞬間、彼女の目の前に無数の矢が突き立つ。同時に、目と鼻の先で無数の漆黒の刃が生えていた。

矢を放ったのは、レイガの後ろに居る身長が高めの愁いを帯びた表情の少女。そしてもう一人、杖を持ち闇の魔法を放った少女が居た。

「悪いな、美幸、愛由。こんな事やらせちまって」
「別に…。私は必要って言われたからやっただけ」
「私も。あのままだったら殴られてた」
「愛由さんに…、美幸さん…!?」

現れた二人の少女の正体にティアラは驚愕の表情を見せていた。そして、彼女達がレイガ側に付いたのも納得していた。

「さて、やろうか。天海、シノ。今回は手加減する必要はないぞ」
「分かった。でも、峰打ちだよね」
「うん、分かった。いくよ…、アグリゲットシャープ!」

シノが術を唱えると、レイガ達の武器が赤く輝き出す。これが戦闘開始の合図だった。

天海がアレスに一気に肉薄すると、鞘に収めている刀の柄を掴むと同時に彼に向かって抜き放つ。神速とも言うべきその攻撃をアレスは辛うじてそれを防ぐ。

相変わらずの峰打ちではあるものの、その一撃はアレスの腕の骨をきしませる。

「ぐぅっ…!?」
「おおおおおおおおお!!!」

天海は刀を少し引くと、そこから凄まじい連撃を繰り出す。
目にも止まらぬその太刀さばきに、それを防ぐアレスは徐々に押され始めていた。
16/04/14 00:16更新 / レイガ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b