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第二章:伝説は絶望より来たる 4
一方、レイガに襲いかかろうとする悠汰。だが、予想外の方向から攻撃が入った。数発の火炎弾が彼に直撃する。

「ぐはっ!?」

悠汰に攻撃を加えたのは、翠那だった。その瞳は怒りと悲しみが入り交じり、紫色に近い色へと変化している。

悠汰に直撃した火炎弾はそのまま炎の檻となって彼の一切の動きを封じ込める。その炎からは熱気を感じないが、触れればその身を焼き尽くすであろうことは容易に想像が出来た。

「何をするんだ、翠那!」
「どいて。と言うか、黙って。私は、レイガと戦わなきゃならないんだ。どうしても理由を言ってくれないんだったら、力ずくでも教えて貰うよ!」
「翠…!」

涙を流しながらこちらを睨み付けてくる翠那に、レイガは酷く申し訳なさそうな表情を浮かべる。だが、今の状況で戦わないという選択肢はなかった。

否、戦う以外に方法はなかった。それ以外に彼女と交わす言葉がなかった。

レイガはゆっくりと腰に提げている両の短剣を抜き放つ。彼の目には極限の懊悩が渦巻いていた。彼女を傷付けたくない。だが、戦うしかなかった。

「烈火!!」
「うっ!?」

足下から立ち上る紅蓮の柱を、レイガは後ろに下がることで避ける。彼女の怒りを表すような炎を彼はこれほどまでに怒り、悲しんでいるのかと内心で呟く。それでも自分がこの選択をした理由を彼女に告げることだけは絶対に避けねばならない。

短剣を構え、レイガは深呼吸する。今は迷うときではない。

「レイガあああああああああ!!!」
「俺は…、俺はぁっ!!」

レイガ達が戦っている中、ティアラとアリアは美幸と愛由の二人と対峙していた。すでに美幸は矢を番え、その鏃(やじり)を彼女達に向けていた。

再び相まみえたのは、かつての友人達。出来ることなら戦う相手が彼女達でなければ少しは気が楽だったかも知れない。だが、運命とは常に残酷なものである。

「美幸、武器を下ろしてくれませんか」
「出来ない。私は、みんなの幸せのために歴史を変えている。それが私の戦う理由。だから、邪魔なんてさせない」

美幸の放つ言葉には、その意志の堅さを感じさせる重みがあった。並大抵のことでは彼女の意志を変えさせることは不可能だろう。

戦うしかない。そう判断したアリアは、トンファーを構えた。

「愛由さん…!」
「私は歴史を変えるとかそういうの、興味ない。ただレイガと一緒に居るだけ。でも、レイガと一緒に居る以上、ティアラ達と戦う。それだけなの」

ティアラにそう告げる愛由の周りには紫色の魔力光が飛び散る。その量は、レイガが放つ魔力光よりも遥かに上回っていた。

四人の間に流れる空気は張り詰めていた。じりじりとアリアは距離を詰める。彼女と美幸の距離は、すでに互いに必殺の間合いだった。

アレスの拳と天海の刀が噛み合った音が鳴り響く。刹那、アリアが美幸の懐目がけて飛び込む。同時に美幸は番えていた矢を離す。風切り音を響かせながら飛翔する矢を、アリアはトンファーを閃かせて弾く。そのトンファーには凍てつく冷気がまとわりついていた。

「氷襲撃!」

冷気を纏ったトンファーが美幸に襲いかかる。矢を番える暇すら与えないその一撃を、彼女は弓で防ぐ。

だが、この攻撃はそれだけでは終わらなかった。彼女の腹部目がけて、アリアはもう一方のトンファーを振り抜く。

アリアのトンファーが美幸に腹部に炸裂しようとした瞬間、凄まじい脱力感に襲われ、彼女はがっくりとその場に膝をつく。

その足下にはまるで亡者の手のような形容しがたい色をした何かが絡みついていた。

「プラークマゴッツ。美幸、間一髪だね。もう少しでやられてた」
「愛由、ありがとう。…これで終わり。夜鷹!!」

背後へと跳び退りながら、美幸は空中へと矢を一本放つ。

空へと放たれた矢は空中で四散し、漆黒の雨となって降り注ぐ。愛由の魔術によって地に伏せられているアリアにそれを避ける術はなかった。

アリアの身体に漆黒の雨が突き刺さる前に、彼女の頭上を烈風が走り抜けた。その凄まじい風圧で降り注ごうとしていた漆黒の雨が全て吹き散らされる。

烈風を放ったのはティアラだった。彼女の周囲に、緑色の魔力光が飛び散る。

「暴風よ、弾丸となりて彼の者を打ち抜け!! ストームバラージ!!」

術の完成と同時に先ほどと同じ烈風の弾丸が射線上のものを風圧で吹き散らしながら、目にも止まらぬ早さで美幸と愛由目がけて襲いかかる。

美幸と愛由が避けるよりも烈風の弾丸が着弾し、周囲に暴風を巻き起こして彼女達を吹き飛ばす。着弾点には大きな穴が穿たれ、暴風の影響で周囲の草木が吹き飛ばされている。

吹き飛ばされた美幸と愛由は大きな岩に叩き付けられ、ずるずるとその場に崩れ落ちた。

「愛由!美幸っ!」
「シノさん、動かないでください。動けば術を放ちます」
「くっ…!」

愛由と美幸に回復の魔術をかけようとしたシノにティアラは術を詠唱しながら牽制をする。

下級の術ではあるが、脅しをかけるには十分であった。戦う術がない彼女にとっては脅威以外の何物でもなかった。

シノが行動不能になったことによって、レイガ達の力の一端が弱体化されることになる。

ティアラ達にシノと愛由、美幸が敗北した一方、天海とアレスは未だに互いの刀と拳をぶつけ合っていた。

「うおおおおおおおおおお!!」
「鏡面投!!」

アレスはこちらに振り下ろされる刀を持つ腕を掴み、一瞬のうちに天海を地面に叩き付けた。その凄まじい衝撃に彼の肺から空気が絞り出される。

「ぐがっ!?」
「とどめだっ!!」

倒れ込んでいる天海にアレスは渾身の下段突きを放とうとする。だが、唐突にアレスの拳が動きを止める。それどころか、彼の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

なんと、倒れ込んでいる天海の刀の鞘がアレスの鳩尾に食い込んでいた。肺の中の空気が絞り出される苦しみに耐えながら、彼は鞘を突き出していたのだ。

「かっ…!? はっ…!!」
「おおおおおおっ!!」

鞘をさらに突き出してアレスを押しやると、気合いと共に立ち上がり、天海は目にも止まらぬ早さで刀を鞘に収める。そして右腕を下げ、重心を左足に傾ける。

一呼吸置き、再び息を吸い込んだ刹那、天海は右足を思い切り踏み込む。同時に刀を振り抜いた。

「乱刃・水!!」

放たれたのは視認することが出来ないほどの神速の斬撃。アレスが気付いたときには、身体から水飛沫のように血飛沫が飛び散る。

天海の攻撃はこれだけでは終わらなかった。さらにアレス目がけて猛烈な速さで走り出す。すれ違い様、彼はその刀をさらに振るう。

「食らえ、斬滅・夜月!!」

天海がすれ違い様に放った斬撃は、アレスの身体に無数の刀傷を刻み込む。刻まれた刀傷から血が止めどなくあふれていた。

連撃のためそれほどの威力があるというわけではないが、峰打ちを止めた天海の技の冴えは目を見張るものがあった。故に敵に回すと絶望感に近いものまで浮かんでくるほどである。

自身に刻まれた刀傷に呻きながらも、アレスは膝をついたりはしなかった。それどころか、その目に燃える闘志はさらに燃え上がっていた。

「どうした、天海。これで終わりというわけではあるまい…!!」
「さすがだよ、アレス兄ちゃん。やっぱりここで兄ちゃんを叩き潰した方が良さそうだ!」

再び刀を鞘に収めると、先ほどと同じ構えを取る天海。それに応じるように構えを取るアレス。

そこへ、この戦いに水を差すように凄まじい剣圧が天海に襲いかかった。その強烈な衝撃を受け、彼は大きく吹き飛ばされて地面に倒れ込む。

「うわっ!?」
「何だ…!?」

衝撃波が飛んできた方向に視線を向けると、額から血を流しながらも剣を構える一人の剣士の姿があった。

クレス・アルベイン。先ほどまで気絶していたその剣士が今、剣を固く握りしめ、その闘志を漲らせていた。

「許さないぞ…! アーチェやクラースさん、ミントを傷付けたこと。絶対に許さない!!」

アレスには目もくれず、クレスは翠那とぶつかり合っているレイガに向かって走り出した。

クレスがこちらに向かって走り出した頃、レイガと翠那は術と短剣によるぶつかり合いを何度も繰り返していた。

襲い来る無数の火球を擦り抜け、レイガは翠那の懐へと潜り込む。だが、握りしめている短剣を振るうことが出来ない。彼女への愛情が今のレイガにとって、戦いの妨げとなっていた。

翠那が次の魔術を唱えようとした瞬間、彼女とレイガの前に真紅のマントを翻しながら、クレスが割って入った。それと同時に、踏み込みながら彼に盾を押し付ける。

「獅子戦吼!!」

次の瞬間現れたのは、青白い獅子の闘気だった。咆哮の幻聴が聞こえんばかりのその獅子は、大きくレイガを吹き飛ばし、周囲に霧散する。

吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたレイガは即座に起き上がろうとするが、錆びた蝶番のような動きしか出来なかった。そのまま、彼等の姿が一瞬で消え去る。

息を吐き、剣を鞘に収めるクレス。その彼の元に悠汰達一行が集まっていた。レイガ達が居なくなって、翠那は悠汰の周囲に作り出した炎の折を消していたようだ。

「あの、ありがとうございました。助けていただいて」
「いや、僕の方こそ。君達が彼等を抑えてくれたおかげで勝つことが出来たんだ。お礼を言わせてくれないかな」

クレスと悠汰達は、互いに頭を下げあっていた。その間にティアラはアレスの傷の治療を行う。

さらに力を付けているレイガ達に、自分達は太刀打ちが出来るのか。その疑問が心の中で渦巻いていた。

クレスの協力と、自分たちが力を合わせた事によってレイガ達を退けることが出来たが、一対一ならば勝てるという自身が誰にもなかった。

「ダオスとの戦い、勝ってくださいね。クレスさん達なら絶対勝てますから!」

そう言って悠汰達はクレスの元から離れ、ヴァルハラ平原の奥の方へと走っていった。これで歴史の改変は阻止できたはずだ。だが、一つ違和感を覚えていた。

未来のミゲールの村だったはずの場所、そこは変わらずトーティスの町と名乗っていた。それが何を指し示すのか。

「ねぇ、もしかして改変ってこの時代だけじゃないんじゃないかな?」

そう呟いたのは、翠那だった。

この時代だけではなく、クレス達の時代であるアセリア歴4304年。この時代で、改変が行われている可能性がある。

全員の想像に応じるように、変換の首飾りが再び歴史移動の輝きである緑色の光を放っていた。

「まだ、改変があると言うことですね…」
「行くしかあるまい。レイガがまだ何か企んでいるのならば、それを止めなくては」
「しかし、現代のトーティスの村、か…」

アレスは内心でこれから起こること、見るものを憂慮していた。

クレス達の旅の始まり。それはダオスによって操られた黒騎士団がトーティスの村を滅ぼしたことに始まる。彼の旅の目的は復讐に他ならない。

トーティスの村が滅ぼされたと言うことは、大勢の人間が命を落とすこととなる。

デスティニーの世界では、リオンが目の前で命を落とした。だが、この世界では多数の人間の死を見ることになる。

歴史を守ることは、本当に正しいことなのだろうか。アレスはこの事にも疑問を覚えていた。

「悩んでいても仕方ない、な。行こう、みんな」

そう言うと、アレス達一行はアセリア歴4304年へと時間移動を開始した。いつもと同じく、視界が白く塗りつぶされていった。



視界に色が戻り、一行がやってきたのはユークリッドとトーティスの間にある山の山道だった。

「ふむ、ちょうど良いね」

そう呟いたのはアレスだった。

トーティスを滅ぼした黒騎士団は、ユークリッドの所属である。つまりレイガ達が歴史の改変を行うとしたならば、ここからの奇襲を行う可能性が高い。故に彼等と出くわす可能性も高いと言うことである。

「まあ、この道を行けばレイガ達と出くわすかも知れないね。とにかく行ってみようじゃないか。それでかまわないかい?」
「私はそれで構わないぞ。レイガを止められるのならば」

レイガを止めると意気込む悠汰。だが、アレスは彼の言動によってレイガが怒り狂う姿を見ていた。もし彼が今以上に怒り狂うことが起こるとするならば、場合によっては全滅という可能性も考える必要に迫られていた。
16/04/14 00:19更新 / レイガ
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