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第二章:伝説は絶望より来たる 5
そのようなことを考えているうちに、一行は山道の中腹へとたどり着いていた。彼等の目の前にいるのは、レイガただ一人だった。

「レイガ!?」
「よぉ。やっぱ気付いてたのか。俺がこの時代もいじったって事を」

そう言ってこちらを見るレイガの表情は、先ほど戦ったときとは違い、何かを企んでいるような、試すようなものだった。

レイガは腰に下げている二本の短剣を抜いた。それを見た悠汰達一行は、全員武器を構え、術の詠唱を始める。

「あー、待て待て。全員とやる気はねぇよ。俺がやるのは悠汰、お前だよ」

苦く笑って、レイガは戦いの相手として悠汰を指名した。一体どう言うつもりなのかと、全員はお互いに顔を見合わせる。

「どういうつもりだ?」
「他の皆、何かしら疑問を持って戦ってる。例えば、俺が何を考えてるのかが気になってる奴、精霊達が言っていることが本当なのかと疑問を持ってる奴もいる。だがな」

一旦言葉を句切るレイガ。釣り目気味の彼の目が悠汰を捉えたとき、その目は今まで以上に細められ、蔑むような光が宿る。

「お前だけは違うんだよ。ただ言われたことをやるだけで、自分では何も考えてねぇ。だから、俺と戦え。お前の考えをたたき直す」
「良いだろう。だが、私がお前に勝てたら歴史を変えるのを止めて貰う」
「ああ、良いぜ。勝てたら…な」

二人は同時に武器を構える。互いの間には緊迫した空気が流れていた。

じりじりと二人の距離が詰まっていく。だが、レイガの武器は二本の短剣。悠汰の槍とは長さが全く違う。

悠汰は自分の射程距離にレイガを捉えた瞬間、一気に槍を突き出す。だが、それを見切って最小限の動きでレイガはその攻撃をかわす。

かわした勢いで悠汰の懐に潜り込むと、レイガの双短剣が無数の斬撃を繰り出す。襲い来る斬撃の全てが彼の身体を切り裂いていく。

「反応が遅ぇんだよ!! 剛魔刃!!」

さらにレイガは、短剣に闇の魔力を込めて四度それを振るう。放たれたそれは漆黒の軌跡を描きながら悠汰の身体を切り裂く。

あまりに強烈な連撃を受けた悠汰は、大きく後ろへ後ずさる。そこへレイガの蹴りが腹部に突き刺さり、さらに大きく距離を離される。

「ぬぅ…!?」

一旦体勢を立て直し、悠汰はもう一度槍を構える。その間にもレイガの口から呪文が紡がれ始めていた。すでに彼の右手には黒き槍が生成されつつある。

「させん!! 氷牙槍!!」

レイガに槍を撃たせまいと、悠汰は槍の穂先に魔力を込めて振り抜く。魔力は氷の刃となって大地を走り、彼に向かって襲いかかる。

術が完成するよりも早く地面を滑走する氷の刃をレイガは、術を一旦中断して短剣を投げ、相殺する。そこから即座に詠唱の早い術に切り替えて詠唱を開始する。

再び開始された詠唱を止めようと、悠汰は槍を構えて突撃するが一歩遅く、レイガの術が完成する。

「シャドウエッジ!!」

レイガの叫びと共に、悠汰の足下から闇の刃が襲いかかる。

襲いかかる闇の刃を悠汰はさらに加速して、刃が突き刺さる前にレイガに槍を突き出すが、手応えが全くない。彼が貫いたのはレイガの幻影であった。

「馬鹿野郎。今の俺と真っ向から突っ込む馬鹿がいるかよ」

幻影が居た場所より少し離れた場所に、レイガが立っていた。だが、悠汰の目の前には驚愕の光景が広がっていた。

なんと無数のレイガが、悠汰自身を中心にして円を描くように立っていたのだ。その全員が双短剣を構えている。

「なん…だと…!?」
「終わりだ、夢幻鏡華刃!!」

次の瞬間、無数のレイガ達が一斉に悠汰目がかけて襲いかかる。分身達が縦横無尽にその刃を振るう。

やがてレイガが一人に戻ると、悠汰はすでに満身創痍の状態だった。傷がない部分を探す方が難しいほどだ。

激痛と出血で立っているのもやっとという状態の悠汰。だが、彼は倒れなかった。ここで倒れるわけにはいかないと、歯を食いしばって立っているのだ。

「まだ立ってるのか。よくやるよ」
「お前を止めるまでは、私も倒れるわけにはいかんのだ…!!」
「そうかい。だが、これで終わりだ!」

レイガは溜息を吐くと、漆黒の槍を作り出す。そしてそれを悠汰目がけて投擲する。

悠汰を含めた全員が、槍が直撃する。そう思ったとき、それは少し軌道を変え、悠汰の背後の岩壁に突き刺さり消滅した。

全員がレイガの方に視線を向けると、レイガは興醒めしたと言わんばかりの表情で悠汰を見ていた。

「どう言うつもりだ…!?」

絞り出すような、悠汰の声。その声には怒りがにじんでいた。槍が当たっていたら自分は死んでいた。悠汰自身も、先ほどの攻撃で死を覚悟していたのだ。

だが、レイガはそれを外した。立っているだけで避けることも動くことも出来る状態ではなかった悠汰に対して、攻撃を外したのだ。

「誰かの言葉だけを戦う理由にしてるお前じゃ、今の俺には絶対勝てねぇよ。まだアレス達と戦った方が手強い。お前一人だったら、本気になる必要もない」
「そんなこと、やってみなくては!」
「分からないって? 今俺にタコ殴りにされてる奴がその台詞を吐くか。冗談も大概にしろよ」

レイガの声に、徐々に苛立ちと怒りが露わになっていた。すでに敗北している悠汰が言った言葉に、苛立ちがさらに増していた。

一旦深呼吸をして、レイガは悠汰達に背中を向けた。そのままこの場から離れようとする。

「レイガ、黒騎士団は止めないのかい?」

投げかけられたアレスの問いを聞いて、レイガは振り返る。

「この世界じゃクレスの力があったとはいえ、お前達に負けてるんだ。何もせずに帰るさ」

そう言って、アレスに苦く笑いながら答えた。その雰囲気は戦う以前のレイガの雰囲気だった。

そのまま去ろうとする際、レイガは翠那と視線が合った。彼女の怒りと悲しみ、もう一つの感情がない交ぜになったその表情を見て、彼は酷く申し訳なさそうな表情を一瞬だけ見せた。

「さて、この世界の歴史を知ってるなら、これからどうなるか分かってるはずだ。それでも歴史を守るって言えるんだろうかな。知っててやってるんだ。俺達がどうして歴史を変えようとしているのか、考えてみるんだな」

そう言ってレイガは冷笑しながら姿を消した。同時に、この場に居座っていた張り詰めた空気も消える。

悠汰の治療を行い、全員はトーティス村へと向かった。正しく歴史が動いているかどうか、彼等は見届ける義務があった。

しばらくして、トーティス村へ着くと彼等の目に飛び込んできたのは、目を背けたくなるような惨劇だった。

家屋は炎で灼かれ、周囲に村人達の死体が血を流して横たわっている。人の気配が何一つしないことから、生存者は誰一人としていなかった。

村の奥の方で、若い青年の慟哭が響き渡る。狩りをして難を逃れたクレスの叫びであろうか。

あまりの惨状に、女性陣は顔面蒼白になっている。この悲劇を見て、翠那は大粒の涙をこぼしていた。

帰ろう。誰かがそう言い、一行は精霊界へと帰還した。

そしてこれが、ファンタジアの世界の伝説の始まりでもあった。
16/04/14 00:20更新 / レイガ
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