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第三章:永遠の悲劇 1
「くそっ…、俺は…!!」
「やぁ、お帰り、レイガ達。またイライラしてるのかな?」

狭間の洞窟へと帰還したレイガ達に声をかけたのは、腰に二丁の拳銃を提げた一人の男性だった。その隣に、紅蓮の毛並みをなびかせる狼が居た。

男性は怒りのあまりに目がつり上がっているレイガの様子を見て、苦い笑みを浮かべる。このような感じで怒り狂って戻ってくるのはこれが二度目である。

一度目はデスティニーの世界から戻ってきたとき。このときは怒りよりも、驚きの感情の方が前に出ていた。誰と会ったかと聞いた瞬間、怒りの表情がすぐに表に出たのだが。

そして今回、最後は独断とはいえ悠汰との一騎打ちを行ったレイガ。期待はずれだったのか、さらに腹立たしさが膨れあがっただけだったようだ。

「悠汰と戦ったら、余計イライラしてきたって感じだね。レイガは何を期待していたのかな? 彼に」
「戦ったのは二度だ。変わるかと思えば、奴は何一つ変わっていない。自分で考えてすら居なかった。何か変わっているだろう、そう望んでいた俺が馬鹿だったよ。」
「ふーん。まあ、それは良いんだよ。で、悠汰と戦ってどうだったの?」

男性の問いに、レイガは軽く溜息を吐いた。

「今のままなら余裕で勝てる。むしろ、負ける理由が見当たらない。ただし、あいつ一人ならば、だがな」
「そっかそっか。他のみんなが結構強いワケか」
「ああ。だからエンジュよ、楽しい戦闘になるワケじゃないぞ」

男性―エンジュに、レイガは釘を刺すかのようにそういって返した。

彼等の会話を聞きながら、シノの胸にはなんとも言えない複雑な感情が宿っていた。

ファンタジアの世界で出会った翠那。彼女とレイガの関係は知っている。彼からは関係自体は良好だと聞いている。

だからこそなのか、このまま戦い続けていたらいずれ取り返しの付かないことになるのではないかと、胸の中で何かが騒いでいた。

「さてと、部屋で休むよ。次の世界、お前も連れて行くからな」
「へーい。ゆっくり休みなよ」

そういって部屋へと向かうレイガ。彼の背中に、エンジュはけだるげな返答を返しておいた。

レイガの背中が見えなくなった頃、エンジュは彼の常に張り詰めたような空気に溜息を吐いた。

緩くいこう。それを信条にしているエンジュにとって、今レイガが漂わせている常に張り詰めた空気は、彼にとってはあまり居心地の良い空気ではなかった。

「はーぁ。どうしたもんかねぇ…」
「元々ここはこういう空気だから、仕方ない」

ぼやくエンジュの背後から声をかけたのは、紅蓮の毛並みをなびかせる狼だった。

「君か。珍しいね、俺に声をかけるなんて」
「君がぼやく声が聞こえたからな。声をかけさせて貰った」

狼はエンジュの隣に近付くと、その場に座り込む。紅蓮の尻尾は周囲のゴミを払うかのように動いていた。

一方のエンジュの視線は、ある一点に集中していた。

一心不乱に洞窟内に作られた的に矢を射続ける少女、美幸の姿があった。彼女の表情は鬼気迫る、まさにその言葉がふさわしい表情だった。

「いやはや…。おーい、美幸ちゃん」

エンジュに声をかけられ、美幸は番えていた矢を弦から外して彼の方を見る。その表情は先ほどの表情ではなく、強烈な悲壮感が漂う表情に変わっていた。

「エンジュ、何か用?」
「俺達は歴史を改変するために戦ってるけどね、自分の心を壊すほど戦う必要もないと思うんだ。あの世界での虐殺は止められなかった。でも、俺達はそれを悔いる必要はないんじゃない? 俺達はどこまでいっても人間で、神様にはなれないんだから」
「でも…! 私は、彼等を救いたかった…! 私がもっと強ければ、あの世界の人々が死ぬこともなかった!」
「あー…」

美幸の言葉に、エンジュは溜息に近い声を漏らしていた。これほどまでに自分を追い詰める必要もないだろうに、と半分呆れていた。

「美幸よ、次の戦いに備えて休んでおけ。そこまで気を張っても、彼等は勝てる相手ではないぞ」

荒れている彼女を諌めるように、低い声でそう語ったのは炎狼―ルースだった。

ルースの言葉に、美幸は苦虫を噛み潰したような表情を見せるが、なおも目の前の的に向き合おうとする。

次の瞬間、的に突き刺さっている矢が全て深紅の炎に包まれ、見る見るうちに灰になっていく。

「私の言うことが、聞こえなかったのか? 休むんだ」
「うう……、分かった…」

不承不承といった表情で、美幸は自分の部屋に帰っていた。

「無理矢理に近い形で帰らせるとは、珍しいね?」
「こうでもしないと、彼女は帰らないだろう。全く、我らはかくも生き辛いものよ」
「そうかな? 俺には楽しんでるように見えるけど」

エンジュの指摘に、ルースは牙を剥き出しにして獰猛な笑顔を見せた。

「確かに、私は楽しんでいるのかも知れん。どんな形であれ、我らも己が欲のために世界の歴史を変えようとしているのだから。酔狂以外の何物でもないだろう。如何な理由があるにせよな」
「それは俺も一緒かな。戦えたらそれで良い。俺にとっては、それで十分さ。何かを変えるなんて、興味はないからな」

そういってエンジュも、口元に笑みを浮かべる。

手慰みに弄り回していた銃を腰のホルスターに収めると、エンジュは立ち上がり、先ほどまで美幸が矢を放っていた的に向かい合う。

刹那、銃声が三度ほぼ同時に響いた。

「ほぅ…」

ルースはエンジュが見せた早業に溜息を漏らした。彼が銃弾を放った的には、ほぼ同じ個所に弾痕が残っていたのだ。

「さぁ、次は俺達の出番だ。気張っていこうじゃないか」



「レイ! ちょっと待って!」

洞窟をくりぬいて作りだされた居室に戻ろうとしていたレイガに声をかけたのは、シノだった。その表情は、どこか切羽詰ったものがあった。

シノの声に振り替えるレイガ。彼の表情はどこか以前とは違い、少し余裕がない顔をしていた。

「どうしたんだ? シノ」
「レイ、ファンタジアの世界で会ったのって翠だよね? 自分の好きな人と、戦えるの?」
「……」

あまり聞かれたくない質問だった。先の戦いでは結局彼女と戦うことになったものの、出来ることなら彼女と戦いたくはない。

何故、この戦いに彼女が居るのか。レイガはこの運命の悪戯に絶望しかけていた。何の因果か、悠汰達守護側に彼女がついている。

「ホントに、良いの?」
「ああ。俺が選んだことだ。迷ったりしない。次、翠と戦うことになったとしたら、俺は躊躇わず刃を振るう」

シノに対して、そう言い切るレイガ。その言葉は彼女に対してでもあったが、自分に言い聞かせているような、そんな響きがあった。

これ以上の追及をしたところで、彼の返答は変わらない。そう思ったシノは、口から出そうになった言葉を飲み込む。そして、代わりに。

「大丈夫、だよね」

そう彼に問うた。

「ああ、大丈夫だ」

シノの言葉の意味にも気づかず、レイガはそのまま自分の部屋へと入っていった。

このまま戦いが続けば、レイガはどうなってしまうのか。シノは徐々に不安が大きくなるのを感じた。

彼だけではない。翠那のこともそうだ。戦いが続けば、彼らの関係に修復不可能な亀裂が走るかもしれない。

一体この先どうなってしまうのか。それは彼女にも想像がつかなかった。


白く塗りつぶされていた視界が、再び色を取り戻す。まだ数えるほどではあるが、悠汰達の中で徐々に慣れというものが出てきた。

彼らを出迎えたのは、マーテルとノルン。そして、長身の少女がそこに立っていた。

引き締まった肉体に、動きやすい体にフィットした服装。そして少女が装備するには少々華の無い無骨なレガースが脚に装着されていた。

「よぅ、アレス達。お帰り」
「君は?」
「あっはっは、俺だよ。ルミナだ」

そういって少女―ルミナは快活に笑う。その明るい笑顔は、レイガ達との二度にもわたる戦闘によって重くなっていた気を、少しは和らげてくれた。

「んで、どうして俺まで呼ばれたんだ? 歴史の改変とか守護とか、マーテル達にはあらかた聞いたけどさ、改変する奴らって一体誰なんだ?」

ルミナの問いに、悠汰達は一斉に暗い面持ちになる。その中でも、一番暗い表情を見せたのは、翠那だった。

全員の表情を見て、ルミナは首をかしげる。いったい何が起こっているのか、想像もつかない。

「俺達が戦っているのは、レイガとシノ、天海に愛由、美幸だ。あまり信じたくはなかったが、な」

アレスが言った五人の名を聞き、ルミナは驚きに目を見開く。

笑顔を作ろうとするが、引きつった表情しか出せない。彼女にとっては、その五人の名を聞くことになろうとは思いもしなかった。

「おいおい…、一体何の冗談だよ? 俺を驚かせようたって……」
「冗談ならどんなにいいだろうな。だが、事実なんだ。俺達の戦う相手は、レイガ達なんだ」

アレスから向けられる真っ直ぐな視線に、ルミナは彼が言っていることに一切の嘘がないことを理解した。

かつて、アレス達が抱いたように、ルミナもどうしてそんなことをという思いを抱いた。

「歴史を変えるってこと、レイガ達は本気でやってるんだな…」
「そうだ。どうしてそんなことをやるのか俺達にも見当はつかないが、レイガ達は歴史を変えようとしている。俺達は、それを止めなくてはならない」
「そっか。なら、俺も手伝うよ。でも、レイガから理由を聞かなきゃならない。どうしてそんなことをするのか、それが先だろ」

アレスとルミナが話している間、翠那は俯いて彼らの話を聞いていた。

何故。どうして。その言葉がぐるぐると頭を回り続ける。翠那の明るい笑顔も、今では見る影もなく、常々ふさぎ込んだような表情を見せることが多くなっていた。

「レイガ、あんなに自分のことを通すような人じゃないのに……」

気づけば、そんな言葉が翠那の口からこぼれていた。

自分の中に、今すぐここから飛び出してレイガに理由を聞きたいという衝動が強くなっていた。同時に、彼に対して怒りの感情が沸々と沸くのを感じていた。

「なんにせよ、だ。レイガ達は歴史の改変を行い、世界を破滅に導こうとしている。私たちはそれを止めなくてはならない。世界を食らう怪物を、蘇らせてはならないのだ」

レイガの行動を不信がる翠那、彼がこのような行いをなぜ起こしたのかと理由を求めるルミナに対し、悠汰はその言葉で切り捨てた。

悠汰の言葉を聞いた翠那とルミナは、一斉に彼に向けて怒りの視線を向ける。だが悠汰は、何故私が睨まれなければならない、と言った風の表情で彼女たちを見返していた。

「とりあえず、皆様お疲れのようですから一旦休んではいかがでしょう。疑問をぶつけるのは、休んでからということで」

そう言ってマーテルは、険悪な雰囲気を醸し出している悠汰達に対して休息を提案した。

さすがに疲れた状態で議論を始めては、ろくなことにならない。そう思った全員は、各々自分の居室へと戻っていった。


その日の夜、アレスは夜風に当たりに神殿の外へと繰り出していた。

外はすで闇に包まれている。空は紺碧に染まり、満天の星が輝いていた。そして、心地よい風がアレスの体を吹き抜ける。

疲労で外に出る機会がなかったが、ふと外に出てみただけでも、アレスにとってはいい経験だなと思えた。

「お、こんな時間に何しているんだ?」
16/05/01 20:43更新 / レイガ
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