連載小説
[TOP][目次]
第三章:永遠の悲劇 2
「ん…?」

少女の声がして、アレスが振り返ると、そこに立っているのはルミナだった。昼間来ていた服とは違い、ゆったりとしたワンピースを着ていた。手には水が入ったカップがあった。

「何、風に当たろうかなと思っただけだ。しばらくしたら、また部屋に戻るよ」
「そっか。あ、隣良いか?」
「構わんよ」

アレスの了承を得て、ルミナはアレスの隣に立った。カップの水を軽く呷ると、彼女は昼間思っていたことを口に出した。

「なぁ、いつもあんな感じなのか? 蒼樹の奴」
「ああ。あいつの発言がレイガを怒り狂わせ、彼から理由を聞き出すことすらできなくなる。困ったものだ」

ルミナの問いに、アレスは心からの溜息を吐いた。彼の言動によって、レイガが怒り狂っているのだ。それが何度も続くのだから、溜息を吐かずにはいられないだろう。

アレスの溜息に、ルミナも苦笑いを浮かべていた。そして内心、あいつは悪い意味で全然変わってないなと呟く。

「で、アレスはどう思うんだ? レイガのやってることについては」
「俺としては、多分別の目的があるんだと思う。だが、今のレイガのことだ。どんな理由があっても絶対に口を割らないだろう。翠那に対しても、その姿勢を貫いているんだ。俺達が何かをやったところで、彼が言うとは限らない」
「そっか……」

ルミナ自身、まだレイガと戦ったことはないが、アレスがこのような推理をするということは、つまりそういうことなのだろう。ここまで頑なに自分の気持ちを他人に漏らさないようにするレイガは、彼女にとっても初めてであった。

戦って勝って、彼に聞くしかないのか。アレスの推理が本当ならば、それが最善手なのだろう。だが、出来れば話し合いで解決をしたい、という気持ちがルミナにはあった。

「まあ、レイガについて俺が知っていることはそれくらいだ。それよりも、俺は悠汰のことを何とかしたいと思っている。あいつは全く自分で考えているようには見えないんだ」

そう漏らすアレスの横顔は、諦め半分と怒り半分の何とも形容しがたい表情を見せていた。

「これから先も、あいつが自分で考えずにマーテルに言われたことばかりを言い続けるならば、俺は場合によっては袂を分かつかも知れん」
「あー……。だったらさぁ」

思い詰めているアレスに、ルミナは一旦言葉を区切る。そしてもう一度水を呷ると、彼を真っ直ぐに見て口を開いた。

「そうならないように俺達が助けたらいいし、仮にそうなったとしたら、ぶん殴ってでもあいつの考え方を変えたらいいんだ。俺も他のみんなも頑張るだろうからさ、出来るだけ我慢してこっちに居て欲しい。多分、アレスが抜けたらこのパーティ瓦解しちまうぞ」

と、一息にアレスに言った後、喉が渇いたのか再び水を飲もうとするが、コップの中はすでに空っぽだった。

空っぽというのを示すように、ルミナは舌を出しながらカップを逆さまにする。彼女のその様子を見ながら、アレスは少し気が和らいだかのように笑っていた。


悠汰達が精霊界に戻って数日が経ち、マーテルとノルンは他の世界で歴史の改変が行われているのを感じた。

「これで三度目ですね、お姉様」
「そうですね…。彼らの友人同士であるのですから、彼らが止められないことは分かっています。むしろ、これが彼女達の思惑、ということなのでしょうか」
「私からはどうとも言えませんね」

マーテルの推測に、ノルンは静かにそう答えた。顔こそマーテルに向けていなかったが、薄ら笑いに近い表情を浮かべていた。

「そんなことよりお姉様、そろそろ彼らをここに呼び出してはいかがでしょう」
「そうですね…。ところでノルン?」

未だに顔をそらしているノルンに対し、マーテルは普段話している声とは打って変わって、氷のように冷たい声を発する。

その声に感情は無く、顔をそらしていたノルンもその得体のしれないオーラに戦慄を覚え、マーテルの方を向いた。

「な、なんでしょうか、お姉様」
「もう一度、以前と同じようなことを起こすようであれば、今度こそ罰は免れませんよ? 分かっていますね」

声色を変えず、マーテルは淡々とノルンに向けて言葉を紡いでいた。その言葉には、過去を諌めるような響きがあった。

叱責を受けたノルンは、顔を俯けながら唇を食いしばっていた。かつての責をもう一度責められるとは、思ってもいなかったからだ。

「分かり………ました………」
「では、彼等を呼ぶとしましょう。これ以上、あの怪物を生み出す要素を増やしてはならないのですから」

先ほどの氷のような声から一転、普段の穏やかな声に戻ったマーテルは、悠汰達を呼びに行った。

一人残されたノルンは、安堵の息を吐く。以前から、マーテルは怒るときは怒鳴り散らすのではなく、先ほどのように冷徹に淡々と話をする。

「お姉様も、変わらないですね…。ですが、私も私なりに考えているのです。私には、こういう方法しか取れないのですから…」

ノルンのその呟きは、広間の中で空しく響いていた。

歴史の改変が行われたとマーテルに呼ばれ、悠汰達は大広間に集まっていた。

彼等からは、マーテル達に対する疑いの空気が濃くなっていた。最初に言われた歴史を改変することによって生まれる怪物、その存在が真実なのかただの嘘なのか、疑いが強くなっているのだ。

「マーテル、次の世界から俺達が戻ってきたら、話してくれないか? 俺と悠汰が初めてあなたと会った時に言った、歴史を食らう怪物のこと。そして何故、俺達がこの世界に呼ばれたのか」

アレスは、マーテルに向かって自分の胸の内を話した。自分たちがこの世界に呼ばれたのは、間違いなく意味があるから。

それを隠し続ける彼女たちに対して湧き続ける疑念。アレスは、この疑念を払拭したかった。

アレスの言葉を聞き、マーテルは穏やかにほほ笑む。

「ええ、約束しましょう。確かに私達の説明不足でありました。貴方達が戻ってきたなら、その時は必ず、歴史を食らう怪物や、あなたたちを呼んだ理由。それをお話ししましょう」

マーテルのその言葉に、アレスは安堵の表情を浮かべる。説明が得られるのならば、次の戦い、必ず勝って戻らねばならない。様々なことの真実を得るためにも。

「そういえばさ、なんで歴史が改変される前にレイガ達を追えないんだ? それが出来るだけで、結構変わってくると思うんだけど」

ルミナはふと思った疑問をマーテルにぶつける。確かに、レイガ達の動きを先読みして改変される前にその世界に行き、彼らと戦闘すれば、改変された歴史を修正する必要がなくなる。

何故それをしないのか、全員心のどこかでそう思っていた。

ルミナから受けた質問に、マーテルは申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「あくまで、私達は大樹の精霊。大樹の枝葉である様々な世界に送ることが出来ますが、その世界のことを知ることはできないのです。なおかつ、彼等は彼等を召喚した者たちの力を受けているはず。私達の感知能力から彼等を隠蔽することも出来るでしょう。だからこそ、歴史の改変が起こってからあなた達を転送している、ということです。情けない話ではありますが」
「そういうことだったんだ。じゃあ、仕方ないね」

マーテルの返答に、ルミナは苦笑いしながら手を振る。そういう理由があるならば、これ以上の追及は無意味である。

マーテルが転送を開始しようとすると、歴史の改変を受け、枯れてしまった葉に更なる異変が起こった。

なんと、枯れた葉が真っ二つに割れたのである。今まで二度歴史の改変が行われ、枝葉が枯れたが、このようなことが起こるのは初めてだった。

「マーテル、これは?」
「この世界は、二つの世界を内包しています。つまり、二つの世界の歴史が同時に改変されたということです」

マーテルが転送を開始する。足元に陣が描かれ、悠汰達は次なる世界へと飛ばされた。


白く塗りつぶされた視界が、再び色を取り戻す。悠汰達の目の前に広がるのは、鬱蒼と木々が枝葉を広げる森だった。

精霊界に広がる森とは違うが、清浄な空気が周囲に満ち溢れていた。いつまでもこの場所に居たい、そんな気持ちを覚える。

森の奥の方を見ると、物見台らしき木製の建造物がそびえていた。

「森にある物見台…、そしてこの空。この世界は、もしかしたらエターニアかも知れないな」

そう呟いたのは、悠汰だった。彼の視線は、空に向けられていた。

頭上に見えるのは、抜けるような青空と巨大な円形の建造物、セイファートリング。そして、もう一つの世界である。名をセレスティアという。

悠汰が推理した通り、この世界はどうやらエターニアの世界のようだ。

「上の世界がセレスティアってことは、じゃあここはインフェリアなのか?」
「だろうな。物見台もあるし、すぐ近くに村があるだろう」

そういって、悠汰は物見台がある方向とは逆方向へと歩き出す。全員は顔を見合わせて悠汰と同じ方向へと歩き出した。

途中野生のイノシシなどがこちらを見て襲いかかってきたりもしたが、全員難なくそれを撃退する。

野生動物の襲撃を受けながらもしばらく歩くと、のどかな村に着いた。建っている家屋を見る限り、ここの住民はそれほど多くはないだろう。

「この村は?」
「ラシュアンの村だ。だが、何も改変されている様子はないが………!?」

アレスの問いに悠汰が答えていると、彼は目の前の光景に目を見開いていた。

暗紅色の目にかかる程度の髪を揺らし、腰に手斧を吊り下げた長身の青年と、彼と同じくらいの身長で同じく腰に手斧を吊り下げた壮年の男性が立っていた。髪色も、彼と同じく暗紅色だった。

「お、ビッツさん。これから狩りかい?」
「ああ。今日は珍しく、リッドも付いて来てくれるそうだ」
「なんだよ、着いてきちゃ悪いか?」

ビッツと呼ばれた壮年の男性は、笑顔でリッドの背中を叩く。息子が自分の狩りに付いて来てくれることが嬉しいようだ。

ビッツ・ハーシェル。リッドの父親であり、かつてこのラシュアンで起こった、ラシュアンの悲劇と呼ばれる惨事に巻き込まれ、命を落とした。

そのビッツが、今もこうして生きている。

「レイガ達、本当にこの世界の歴史を根本から変えてしまっているのか…!」
「どういうことだ? 分かるように説明してくれ」

怪訝そうな表情を見せるアレスに、悠汰は一息ついてから口を開く。

「レイガ達は、この世界を根本から変えてしまったんだ。セイファートリングは存在しているし、ビッツ・ハーシェルは生きている。多分、グランドフォールが起こることもなかった歴史が、今のこの世界だ」
「そこまでレイガ達は歴史を変えていたのか…」
「多分、この調子だとセレスティアで起こったことも改変されているだろう。シゼルも生きているはずだ」
「なんつーかさぁ、それだけ聞いてるとレイガ達がやってることって間違いでもないんじゃねぇかな」

悠汰の説明を聞いて、ルミナはふと思ったことを口にしていた。

ルミナのその言葉に悠汰の目が鋭くなる。

「ルミナ、私達の目的は歴史の改変を止めることだ。レイガ達の行いを肯定するなど、それこそどういうつもりだ?」
「だってさぁ、正しい歴史も大事だよ。でもさ、誰だって考えるんじゃねぇの? 過去を変えたいとかさ。だから、俺はレイガ達がやってることは否定しないよ」
「なら、ルミナ。君はレイガ達のやってることを認めるというのか」
「全部認めるとは言ってねぇよ。歴史を食らう怪物っていうのが復活するのは止めなきゃなんねぇ。でも、レイガ達が思ってることは否定しないし肯定もしないってだけだ」

食ってかかってくる悠汰に、ルミナは苦笑いしながら答えた。

ルミナと悠汰の問答を遠目で見ているティアラ、アリア、翠那は言葉では言い表せないような微妙な表情で彼を見ていた。

ルミナが言っていることは分かる。自分たちにも変えたい過去くらいある。それを実際に行える力があるならば、自分達もその誘惑に抗えないかもしれない。

だが、歴史を変えることにリスクがあると知った今、それは止めなくてはならない。この場に居る誰もが思っていることである。悠汰を除いては。

問答しているうちに、全員が首に下げているペンダントから緑色の光がほとばしる。どうやら、改変が行われた時間まで飛べるようになったようだ。
16/05/01 20:44更新 / レイガ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b