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第三章:永遠の悲劇 3
「どうやら、移動する準備が整ったようだな。先ほどの問答の間に」
「そうですね。…蒼樹さんもあんなにむきにならなくて良いのに」
「全くだな…。さて、どうやら今回は別れて行動することになりそうだ」
「ん? どゆこと?」

アレスが言った言葉に、翠那は首をかしげる。

「今回は二つの世界の歴史を元に戻すんだ。前回は同じ世界で別の時間に移動しただけだが、今回は違う。世界移動も同時に行うから、転送する力が持たないだろう」
「なるほどー。別れるんだったら、その先でレイガと会えたらいいな。ルミナが言ってること、私もわかるから」

アレスの話に納得しながら、翠那はレイガに思いをはせていた。

今度は怒りに呑まれずに、レイガと話がしたい。きちんと話をすれば、彼も何かは答えてくれるはずだ。彼女はそう願っていた。

「さて、割り振りはどうする?」
「私とティアラは絶対、だな。後は…」
「あの、じゃあ私が」

そう言って立候補したのはアリアだった。彼女を見て、悠汰とティアラは縦に頷く。

「後は…」
「俺と翠那、そしてルミナを連れて行く。文句はないな?」
「ああ、構わんよ」

ルミナと翠那を自分のそばに連れて行くアレスに、悠汰は淡々と了承した。

お互いのグループに分かれ、全員は頷きあうと、意識を首飾りに集中する。すると、悠汰、ティアラ、アリアの首飾りから緑、赤、水色の光が放たれる。

一方のアレス、ルミナ、翠那の首飾りからは黄色、青、紫の光が放たれ、周囲は六色の光に包まれた。

光が収まると、そこに六人の姿はなかった。村人は溢れる光に驚き、目を丸くしていた。


インフェリアとは相反する晶霊が住まう世界、セレスティア。

インフェリアと比べ、セレスティアは文化レベルなどが発達しており、雷の晶霊の力を機械の動力源にしていた。これによる文化の発達は目覚ましいものだった。

そのセレスティアの、ルイシカと呼ばれる町。そこに三色の光が集束し、アレス達の姿が現れた。

「ここが、ルイシカの町か…」
「というか、この首飾り便利だねー。俺達の知らない世界のこともある程度は教えてくれるんだから」
「何も知らずに行くよりは良いんじゃないかな? 私だったら、心細くて泣いちゃうかもしれないし」

翠那とルミナは、首飾りを手に持ちながら感想を漏らしていた。

時間転移中、全員が下げている首飾りからその世界のことについて大まかな知識を直接脳に投影する。それによって、知らない世界であっても、ある程度の土地勘を得られるのだ。

全員は周囲を見回すと、あちこちから銃声と悲鳴が聞こえる。

「過去のルイシカであるなら、今は間違いなくバリルがビリアルの兵士たちに攻められているということだ。行くぞ。ここにレイガ達が間違いなく居る」
「うん…!」
「とりあえず、聞きたいこともあるしね。急ごうか!」
「ビリアル兵達に見つからないように行こう。見つかっては面倒だ!」
「見つかったら、とりあえず気絶させよう。それだったらいいでしょう?」
「まあ、それなら大丈夫なはずだよ。さぁ、行こう」

作戦を練ったところで、アレス達は一斉にビリアル兵達が向かっている場所へと移動を始めた。もちろん、見つからないように彼らの背後からじわじわと進む。

途中、ビリアル兵達が背後を振り返ることもあったが、アレス達は物陰に隠れてそれをやり過ごす。

だが、ふとした拍子に足元に落ちている、錆びた薄い鉄板を踏んでしまう。大きな音が響き、ビリアル兵達が一斉にこちらを向く。

「おい、何か物音がしたぞ!」
「我々は本隊と合流しなくてはならん。数名ほどここに残り、先ほど物音がした場所を調べろ。住民が居るなら、殺せ」
「はっ!」

隊長に命令されて数名のビリアル兵が、アレス達が隠れている物陰へとやってくる。

「どうしよう、お兄ちゃん!」
「ここまで引き付けよう。あの本隊から見えなくなった瞬間に叩く。翠那、雷の魔術の準備を。ルミナは相手がしびれたら一気に蹴り飛ばせ」
「了解!」

自分たちに聞こえる程度の声で話すアレス達。その間にも、ビリアル兵達はこちらに向かってくる。

迎え撃ちやすいように、物陰のさらに奥へと入る。そして、兵達がこちらに入ってきた瞬間、翠那の雷撃が兵達の体を貫く。凄まじい電流に兵達の体が跳ねた。

「飛燕、連脚ぅっ!!」

さらにルミナが放つ飛びながらの四連蹴りが、兵達を物陰の外へと吹き飛ばす。

物音で他のビリアル兵達がこちらに気付くかと思われたが、どこからともなく何かの遠吠えが聞こえ、熱風が周囲を走り抜ける。

次の瞬間、物陰からでも見えるほどの圧倒的な紅蓮の炎が周囲を包み込んだ。

「なんだ!?」

アレス達が物陰から出て周囲を見渡すと、辺り一面が炎の紅蓮に染まっていた。

本隊と合流しようとしていた兵たちは、全員灼熱の炎に包まれている。地面に転がり、消火を試みようとしている者も居た。

熱さにもだえ苦しみ、絶叫を上げる兵達を見て、アレス達は即座に消火を始める。

「落ちよ清流、スプラッシュ!!」

翠那の放つ水の魔術が、兵達を包んでいる炎を一瞬にして鎮火する。

体を包む炎が消えた兵達は、何が起こったかわからない恐怖で後ずさりをする。そして、その元凶を見て今度こそ、彼らは逃げ出した。

炎の向こうから現れたのは、煌めく紅蓮の毛並みを誇り、左右に犬の頭をかたどった首輪をはめた巨大な狼と、美幸、そして両手に銃を構えた青年だった。

「美幸…!」
「アレス達がこっちに来たんだ…。これは、もしかして最悪?」
「五分五分だからね。仕方ないよ、美幸ちゃん。こりゃそのうち、レイガにゃんの頭の血管がブチ切れるんじゃないかな」

軽口を叩く男は、手慰みに片手の銃をくるくると回転させる。安全装置がかかっているのか、暴発する様子は一切なかった。

狼は一歩前に出ると、牙を剥き出しにする。それは見ようによっては笑っているようにも見える。

「久しぶりだね、アレスさん」
「その声は……、鉄心!?」

狼の口から人間の声が紡がれる。その声は、アレスの知り合いである戌井鉄心のものだった。

鉄心の声を聴いて、アレスは驚きを隠せなかった。

また一人、自分の知っている人間が改変側についていた。落胆にも近い感情が、アレスの中を渦巻いていた。

「挨拶はこれくらいにしておこうか。今の我々は、再会の喜びを分かち合える間柄でもあるまい」

先ほどまで狼の口からは鉄心の声が出ていたが、急に低く、長い時を生きているような重みのある声へと変化する。

「君と会うのは二度目だな。私の名はルース。誇り高きフラムケルベロスの一匹だ」
「話はしたことがないがな。お前は何故、歴史を変える?」

アレスの問いに、ルースは今度は笑みすら見せずに牙を剥く。体を低く構え、威嚇の体勢をとった。

「滅び行くフラムケルベロス族の運命を変える。奴らに手を貸していれば、一族は存続できるのだからな」
「まあまあ、みんなマジになってるよね。出来ればさ、俺達の邪魔をしないでくれるかい? 特に、レイガにゃんをブチ切れさせないためにもさ」

男が軽い調子でそう言った瞬間、彼の眼前の地面が三か所爆ぜた。誰がこんなことをしたのか、視線を動かすと、自分に向けて手のひらを向けている少女が居た。翠那である。

瞳を文字通りの真紅に染め上げ、怒りの表情で男を見つめていた。瞳だけでなく、彼女の尻尾も怒りを表すように毛を逆立てていた。

「レイガの目的は何? レイガに聞いても、答えてくれなかった。貴方なら、知ってるんでしょう?」
「あー、答えるわけにはいかないね。レイガにゃんのホントの目的は知ってるけど。だって、あんな理由誰だって持ってるんだし」
「じゃあ……」

氷点下の声が周囲に響く。それとは対照的に、凄まじい晶霊力が翠那に集まっていた。彼女の首元で、首飾りが細かく振動を繰り返していた。

「あんた達を全員叩きのめしてでも聞く!! 私には、レイガが何を考えているか聞く必要があるんだッ!!」
「うっは、こりゃすごい。下手したら、ホントに叩きのめされそうだ。それはいいとして…、久しぶりだね、ルミナちゃん」
「エンジュお兄様…」

男―エンジュは、ルミナを見て優しげに微笑む。だが、彼女は警戒してか、厳しい表情でゆっくりと構えを取る。

「俺もレイガのことを聞かなきゃならない。だから悪いけど、手加減なんかしない」
「あーあ、穏便に済ませたかったのになぁ。みんな血の気が多いな。でも、良いや」

喉の奥でエンジュは笑うと、双銃をアレス達に向ける。その表情は喜悦に歪んでいた。

「やっと戦える。やっと俺も戦える。さぁ、楽しもうじゃないか! 戦いを! 俺に変えたいものなんかない。ただ、戦えたらそれでいい!!」
「エンジュにスイッチが入った。でも、止める気なんかない」

美幸も弓を構え、矢を番える。その瞳には悲愴な決意が宿っていた。

「私は、この世界を救うためにアレス達を倒す。助けられる命があるなら、私は自分の命を捨ててでも、その命を救う!」

捨て身に近いその想いと決意が、彼女を駆り立てる。自身の命などまるで価値がないかのように。

「いいだろう。それでも、俺達はこの世界の歴史を変えさせるわけにはいかない。例え精霊達の言っていることが真実ではないとしても、今の俺達はそれを信じねばならん!」

精霊達への疑念を振り払い、アレスも構えを取って戦闘態勢に入る。

互いの気迫がぶつかり合い、周囲に緊迫した雰囲気が流れる。一触即発の空気だった。

遠くから響く銃声が、戦闘開始を告げる。

「アオオオオオオオオオオオオオン!!!」

誰よりも先に仕掛けたのはルースだった。周囲に耳をつんざく遠吠えが響くと同時に、アレス達に向かって炎が走る。

こちらに向かってくる炎を、全員は散開して回避する。だが、アレスに向かってルースが飛び掛かり、鋭利な牙で食らいつく。

翠那とルミナには、エンジュの弾丸と美幸の矢が襲い掛かってきた。ルミナは飛んでくる矢を蹴りで撃ち落とすが、銃弾が体の数か所に当たる。

「あぐっ!?」
「魔法弾だから、衝撃だけだよ。でも……」

エンジュが銃の引き金を引くと、目で追えるほどの速度の光球が放たれる。次の瞬間それが弾け、弾幕となって襲い掛かる。

避けることすら不可能な弾丸の量に、ルミナは防御の姿勢を取る。そして弾丸が体に着弾。先ほどの弾丸よりは威力が無いものの、全身を痛みが貫く。

「くそ、近づけない…!」
「無理矢理こじ開ける!! 風の刃よ……!!」
「させない」

魔術を詠唱しようとする翠那に、美幸は黒い矢を飛ばす。風切音を響かせながら矢は飛翔し、彼女に向けて襲いかかる。

飛んでくる矢を、詠唱を中断して辛うじて避ける翠那だが、避けた先にさらにもう一本の矢が眼前に突き刺さる。まるで今度は当てるぞと言わんばかりであった。

「美幸姉…!」
「私達の邪魔をしないで、翠那。次は当てる」
「そっちこそ、邪魔しないでよ!!」

翠那の叫びと共に、美幸の周囲に炎が巻き起こる。狐想・烈火による幻想の炎である。

突如として現れた炎に一瞬目を見開くが、すぐに美幸は矢を三本番えて飛び上がる。

「行け、影燕!」

美幸の放った矢は、黒き刃となって翠那目がけて飛来する。空気を裂きながら向かってくるそれを、翠那はファイアボールですべて相殺する。

「この位じゃ私は止められないよ、美幸姉」
「む、それならこうする」

おもむろに美幸は矢を五本番えると、全神経を中央の矢に集中させる。次の瞬間、それに呼応するように、禍々しい深紅の光が全ての矢に宿った。

光はさらに大きくなり、やがては弓すらもそれに包まれていく。その凄まじいオーラに、翠那の背中に嫌な汗が流れる。

「屠龍!!」

美幸の弓の弦が、何度も空を切る音を響かせる。走る巨大な光と、通常では有り得ない軌道を描く四つの光が、翠那に襲い掛かる。
16/05/01 20:45更新 / レイガ
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