第二章:伝説は絶望より来たる 1
「うおっ!?」
白く塗りつぶされていた視界が再び元に戻る。すでに三度目ではあるが、この感覚はまだ慣れないようだ。
周囲を見回すとここが精霊界だと分かった。戻ってきた、そう思った瞬間どっと身体に疲れが出てきた。レイガ達との戦闘でずっと続いていた緊張が、ちょっとだけ緩んだのだ。
「よく戻ってきましたね。疲れたことでしょう、早く休んで…」
「戻ってきたのは良いが、早く治療をして貰いたいものだね…! 休むよりも、こっちの方が優先じゃないか…?」
マーテルのねぎらいの言葉を遮り、呻くように言うのはアレスだった。その脇腹には、レイガとの戦闘で付けられた傷が未だに血を流していた。それほどまでに、彼に付けられた傷は深かった。
現状、治癒の魔術を使うことが出来るのは誰一人としていない。治療をする道具もないであろうこの場所で、どうやってそれを行うか悠汰が考えようとすると、彼の目の前を一人の少女が横切った。
悠汰の目の前を横切った少女は、アレスの脇腹にそっと手を当てる。
「何を…!?」
「今治療します。ファーストエイド!」
次の瞬間、彼女の手の平が淡く輝き、アレスに刻まれていた傷が徐々に塞がっていく。それに応じるように血も止まり、徐々に痛みが引いていく。
「痛みが治まった…?」
「大丈夫ですか、アレスさん?」
傷の治療をしながら、少女はアレスの方に顔を向けるとにっこりと笑みを浮かべる。
その優しい微笑みに、アレスもふと頬をほころばせていた。何故かアリアと会ったときと同じく、この少女とも面識がある。そんな気がした。
「何故、俺のことを?」
「私は…」
「お兄ちゃん!!」
「むおっ!?」
どこからともなく、もう一人の少女がアレスを兄と呼び突進してくる。今自身の治療をしている少女よりもさらに小柄な少女は、こちらを見上げながら屈託のない無邪気な笑みを浮かべていた。
だが、不思議なことにその少女には頭の天辺に狐のような耳と腰辺りからは大きな狐の尻尾が生えていた。その桜色の毛並みは、実に美しいものだった。
アレスは自分を兄と慕う子の少女に見覚えがあった。この少女がもし彼女ならば、歴史を守る戦いはなんと残酷なことであろう。
「もしかして、翠那か?」
「そーだよっ! まさか、お兄ちゃんがここに居るなんて思わなかったよ!」
予想は当たっていた。狐耳の少女、翠那は自分の妹分の一人であり、とても仲の良い相手でもあった。そして翠那がここに居ると言うことは、彼女はこの戦いの中で悲しみに暮れることになることが必然となった。
そのことに、アレスは胸の内で運命を恨んだ。
「あのー、治療終わりましたけど」
そう言って少女は脇腹から手を離した。レイガに付けられたアレスの傷跡は、綺麗さっぱり無くなっていた。響いていた痛みももはや全くない。
「ああ、済まんね。ところで君は…」
「ティアラか? もしかして」
アレスが少女の名前を尋ねようとする前に声を上げたのは悠汰だった。
ティアラと呼ばれた少女は、悠汰の問いにこっくりと頷く。
「ティアラも共に戦ってくれるとは実に心強い。回復の魔術を使える人が誰一人として居なかったからな」
「お役に立てて、私も嬉しいです。マーテル達から話は聞いています。歴史を変えている人達を止めなくてはならない、と」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん達は歴史を変える奴らと戦ったんだよね? 誰だったの? 私達の知ってる人?」
そう無邪気に聞いてくる翠那。だが、アレスとアリアは顔を見合わせると互いに難しい表情をした。
「む…」
「それは、えーっと…」
そう言葉に詰まるアリアとアレス。歴史の改変を望んだ彼等の名を、答えるわけにはいかなかった。
特にアレスはシノと天海の名を出すことは出来たとしても、レイガの名前だけは言うことが出来なかった。
彼の名を出すことは、翠那を傷付けてしまうことと同義である。故に、彼の名を出すわけにはいかなかった。
「私達が戦ったのは、レイガ、シノ、天海だ。シノの力は未知数だが、レイガと天海、彼等の力は実に手強い。二人の力があれば、きっと勝てるだろう」
「ちょっ!?」
「お前…!」
言葉を濁していたアレス達を無視するかのように、悠汰は改変を行っている者達の名前を出した。
戦闘に置いて状況は読めるものの、こういった人の心の機微に関しては実に鈍感である。このことについて、悠汰はかつて何度もレイガに怒鳴られていた。
レイガの名を出され、翠那の目には明らかに動揺の色が浮かんでいた。だが、すぐにそれを笑顔で塗りつぶす。
「あ、あははっ…。冗談だよね? レイガがそんなことをするわけ無いじゃん。レイガ、変態だけど、すっごく優しいもん。嘘だよ…」
「事実だ。現に私達はレイガと…」
「悠汰ぁっ!!」
悠汰の言葉を遮るようにアレスは怒声を発していた。必要以上に妹分の心を傷付けるわけにはいかないという気持ちからの行動だった。
「アレス! 何故邪魔をする!」
「事実を伝えるだけでは駄目だというのが何故分からん!? レイガと翠那の関係を知らないというわけでもあるまい!」
アレスが言葉を濁した原因は、レイガと翠那の関係である。
二人は恋人同士であり、仲は良好であった。アレスを含め、彼等のことを深く知っている者達は本気混じりにレイガに対して彼女を泣かすんじゃないぞと念を押して言っていた。
アレスはそれを知っているからこそ、翠那に自分たちの戦う相手がレイガだと言うことを伏せようとしていた。だがその気遣いも、悠汰によって不意にされてしまったが。
「ちょっと、二人とも落ち着いてください!」
「申し訳ありません。仲間同士での諍いは、そこまでにしていただけないでしょうか…」
そう言って今にも火が付きそうなアレス達の話を、マーテルは本当に申し訳なさそうな顔で遮った。
勢いを削がれたアレスは、溜息をついてこれ以上の言及を止めた。仮に先ほどまでの状況が続けば、殴り合いの喧嘩になっていたことだろう。
一呼吸おいて、全員が大人しくなったと判断してマーテルは話を始めた。
「アレス、悠汰、アリア。あなた達は歴史の改変を望む者達に会ったのですね。そして、その者達はあなた達の仲間であった。そうですね?」
「はい…。先ほど蒼樹さんが言ったとおり、私達はレイガさん達に会いました」
「マーテル、何を知っているんだ?」
「これは…、私とノルンが何故水晶にあなた達を封じたのかという理由でもあります」
「歴史の改変を望む神とその僕(しもべ)。彼女達は以前も歴史を変えようと画策し、歴史を食らう怪物を生み出そうとした。前回は私とマーテルが力を尽くし、彼女達を世界と世界の狭間へと送ることが出来ました。ですが、彼女達は…あなた達の仲間、レイガを引き込んだようです。私達が、あなた方を引き込んだように」
話をしているノルンの目には普段の温かさはなく、かつてアレス達に見せたあの冷たい光が宿っていた。
憎しみの感情ではないが、レイガ達を倒すことに一切の容赦がない。そんな目だった。
「その神様とやらを倒せば、レイガ達は戻ってくるのか?」
「いいえ、どうでしょう。もしかしたらそれも叶わないかも知れない…。話が逸れましたね。水晶に封じ込めたのは、彼女達に私達があなた達を呼び出したことに気付かれかけたのです。だから先に水晶による封印を施し、引き込まれないようにした…と言うことです」
「それは分かったんだけど、どうして私に尻尾と耳が生えてるの? 可愛いから良いけど」
「それについては私が答えましょう」
翠那の問いに答えると言ったのはマーテルだった。
彼女はノルンとは違い、柔和な笑みを絶やしていなかった。それどころか可愛らしいものを見るように、翠那の耳と尻尾を見ていた。
「翠那、あなたには魔術の特異な才能があります。それを最適化する際に、あなたが好んでいたイメージによって生えてしまったのです。もちろん…」
言葉を一旦切ってマーテルは翠那に近寄ると、その耳に触れる。すると彼女の身体はまるで電流が走ったかのように跳ねた。
「うにゃっ!?」
「このようにきちんと感覚もあります。尻尾にも、ですけどね」
「う、うう〜!」
敏感な部分に触れられたのか、翠那の顔が真っ赤に紅潮していた。
マーテルが唐突にやった行いに、残りの全員は唖然とした顔で彼女を見ていた。その視線に、マーテルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「少々悪戯が過ぎましたね。冗談はさておいて、皆さんもうお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでください。また気配を察知したら、お伝えしますので」
「封印をかけているあなた方の仲間達は、歴史の改変を修正している間に解いていきますのでご心配なきよう」
「分かった。で、どこで休んだらいい?」
「それはまた炎が導いてくれます。では、ゆっくりと…」
マーテルに言われるがままに、五人は神殿の大広間を後にした。その間にも、悠汰とアレスのにらみ合いが続き、アリアとティアラはその様子を見ながら互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
後に続く翠那は、沈痛な面持ちでレイガのことを考えていた。何故彼がこのようなことをするのか、全く思い浮かばず、泣きそうな表情で足早にアレス達の後を追った。
「意外とこの世界の食料も美味いじゃないか」
マーテルに通された部屋で、悠汰達は食事を取っていた。
十人ほどは囲んで座れるほどの大きな円卓に、材質の良い木で作られた椅子。
机の上には無数の色とりどりの果物と、誰が作ったかは分からないが、肉、野菜、魚などあらゆる食材が使われた料理が湯気を立てて置かれていた。
全員、椅子に座って机の上にある料理を食べる。口に広がる様々な味わいに、全員舌鼓を打っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうしてレイガは歴史を変える、なんて言い出したの?」
唐突にアレスに問いかけたのは翠那だった。彼女の中で、この疑問が食事中ずっと頭の中を回っていた。
翠那の問いにアレスは全員の顔を見渡した後、腕を組み少しだけ首を捻った後、口を開いた。
「それは俺も思っていた。どうしてレイガが世界を変えるなんて言い出したのか、俺にも分からない。何か理由があるのかも知れないが…」
「レイガさん、何か思い詰めているような感じはありませんでした。むしろ、自分の意思で決めたような…そんな感じです」
「そうなのですか? でもレイガさん、無意識のうちに無理をするって本人が言ってましたから…。まだ、私は会ったことがないですけど」
「やっぱり、レイガは何か隠してるのかな…。なんで隠し事なんか…」
「だが、レイガがやっていることは歴史を食らう怪物を復活させることだ。どんな理由があるにせよな。だから、レイガが何を考えているかなど関係ない。私達は、マーテルに言われたことをやれば間違いないはずだ」
全員の疑問を、悠汰はあっさりと切り捨ててしまった。理由など関係ない、自分たちがするべき事はマーテルに言われたことだ、と彼自身信じて疑っていなかった。
だが、悠汰以外の全員はマーテルの言葉は半信半疑だった。本当に歴史を食らう怪物が居るのか、自分たちは本当に正しいことをやっているのか。疑問が多く浮かんでいた。さらにこの状況下で、マーテルが絶対正しいとは言えない。彼女も間違っている可能性があるのだから。
翠那の気持ちも汲まず、自分の意見を押し通した悠汰に彼女は怒りの視線を向ける。
「悠汰ぁ…!!」
「落ち着け、翠那。腹立たしいが、今は喧嘩するべきではない」
「私は間違ってなどいないぞ。レイガ達がやっていることは、してはならないことなんだからな」
そう言って悠汰は席から立つと、この部屋の隣にある寝室へと入っていった。
頑なな態度の悠汰に全員顔を見合わせて溜息をつく。誰ともなく立ち上がると、全員用意された寝室へと移動し、休息を取った。
白く塗りつぶされていた視界が再び元に戻る。すでに三度目ではあるが、この感覚はまだ慣れないようだ。
周囲を見回すとここが精霊界だと分かった。戻ってきた、そう思った瞬間どっと身体に疲れが出てきた。レイガ達との戦闘でずっと続いていた緊張が、ちょっとだけ緩んだのだ。
「よく戻ってきましたね。疲れたことでしょう、早く休んで…」
「戻ってきたのは良いが、早く治療をして貰いたいものだね…! 休むよりも、こっちの方が優先じゃないか…?」
マーテルのねぎらいの言葉を遮り、呻くように言うのはアレスだった。その脇腹には、レイガとの戦闘で付けられた傷が未だに血を流していた。それほどまでに、彼に付けられた傷は深かった。
現状、治癒の魔術を使うことが出来るのは誰一人としていない。治療をする道具もないであろうこの場所で、どうやってそれを行うか悠汰が考えようとすると、彼の目の前を一人の少女が横切った。
悠汰の目の前を横切った少女は、アレスの脇腹にそっと手を当てる。
「何を…!?」
「今治療します。ファーストエイド!」
次の瞬間、彼女の手の平が淡く輝き、アレスに刻まれていた傷が徐々に塞がっていく。それに応じるように血も止まり、徐々に痛みが引いていく。
「痛みが治まった…?」
「大丈夫ですか、アレスさん?」
傷の治療をしながら、少女はアレスの方に顔を向けるとにっこりと笑みを浮かべる。
その優しい微笑みに、アレスもふと頬をほころばせていた。何故かアリアと会ったときと同じく、この少女とも面識がある。そんな気がした。
「何故、俺のことを?」
「私は…」
「お兄ちゃん!!」
「むおっ!?」
どこからともなく、もう一人の少女がアレスを兄と呼び突進してくる。今自身の治療をしている少女よりもさらに小柄な少女は、こちらを見上げながら屈託のない無邪気な笑みを浮かべていた。
だが、不思議なことにその少女には頭の天辺に狐のような耳と腰辺りからは大きな狐の尻尾が生えていた。その桜色の毛並みは、実に美しいものだった。
アレスは自分を兄と慕う子の少女に見覚えがあった。この少女がもし彼女ならば、歴史を守る戦いはなんと残酷なことであろう。
「もしかして、翠那か?」
「そーだよっ! まさか、お兄ちゃんがここに居るなんて思わなかったよ!」
予想は当たっていた。狐耳の少女、翠那は自分の妹分の一人であり、とても仲の良い相手でもあった。そして翠那がここに居ると言うことは、彼女はこの戦いの中で悲しみに暮れることになることが必然となった。
そのことに、アレスは胸の内で運命を恨んだ。
「あのー、治療終わりましたけど」
そう言って少女は脇腹から手を離した。レイガに付けられたアレスの傷跡は、綺麗さっぱり無くなっていた。響いていた痛みももはや全くない。
「ああ、済まんね。ところで君は…」
「ティアラか? もしかして」
アレスが少女の名前を尋ねようとする前に声を上げたのは悠汰だった。
ティアラと呼ばれた少女は、悠汰の問いにこっくりと頷く。
「ティアラも共に戦ってくれるとは実に心強い。回復の魔術を使える人が誰一人として居なかったからな」
「お役に立てて、私も嬉しいです。マーテル達から話は聞いています。歴史を変えている人達を止めなくてはならない、と」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん達は歴史を変える奴らと戦ったんだよね? 誰だったの? 私達の知ってる人?」
そう無邪気に聞いてくる翠那。だが、アレスとアリアは顔を見合わせると互いに難しい表情をした。
「む…」
「それは、えーっと…」
そう言葉に詰まるアリアとアレス。歴史の改変を望んだ彼等の名を、答えるわけにはいかなかった。
特にアレスはシノと天海の名を出すことは出来たとしても、レイガの名前だけは言うことが出来なかった。
彼の名を出すことは、翠那を傷付けてしまうことと同義である。故に、彼の名を出すわけにはいかなかった。
「私達が戦ったのは、レイガ、シノ、天海だ。シノの力は未知数だが、レイガと天海、彼等の力は実に手強い。二人の力があれば、きっと勝てるだろう」
「ちょっ!?」
「お前…!」
言葉を濁していたアレス達を無視するかのように、悠汰は改変を行っている者達の名前を出した。
戦闘に置いて状況は読めるものの、こういった人の心の機微に関しては実に鈍感である。このことについて、悠汰はかつて何度もレイガに怒鳴られていた。
レイガの名を出され、翠那の目には明らかに動揺の色が浮かんでいた。だが、すぐにそれを笑顔で塗りつぶす。
「あ、あははっ…。冗談だよね? レイガがそんなことをするわけ無いじゃん。レイガ、変態だけど、すっごく優しいもん。嘘だよ…」
「事実だ。現に私達はレイガと…」
「悠汰ぁっ!!」
悠汰の言葉を遮るようにアレスは怒声を発していた。必要以上に妹分の心を傷付けるわけにはいかないという気持ちからの行動だった。
「アレス! 何故邪魔をする!」
「事実を伝えるだけでは駄目だというのが何故分からん!? レイガと翠那の関係を知らないというわけでもあるまい!」
アレスが言葉を濁した原因は、レイガと翠那の関係である。
二人は恋人同士であり、仲は良好であった。アレスを含め、彼等のことを深く知っている者達は本気混じりにレイガに対して彼女を泣かすんじゃないぞと念を押して言っていた。
アレスはそれを知っているからこそ、翠那に自分たちの戦う相手がレイガだと言うことを伏せようとしていた。だがその気遣いも、悠汰によって不意にされてしまったが。
「ちょっと、二人とも落ち着いてください!」
「申し訳ありません。仲間同士での諍いは、そこまでにしていただけないでしょうか…」
そう言って今にも火が付きそうなアレス達の話を、マーテルは本当に申し訳なさそうな顔で遮った。
勢いを削がれたアレスは、溜息をついてこれ以上の言及を止めた。仮に先ほどまでの状況が続けば、殴り合いの喧嘩になっていたことだろう。
一呼吸おいて、全員が大人しくなったと判断してマーテルは話を始めた。
「アレス、悠汰、アリア。あなた達は歴史の改変を望む者達に会ったのですね。そして、その者達はあなた達の仲間であった。そうですね?」
「はい…。先ほど蒼樹さんが言ったとおり、私達はレイガさん達に会いました」
「マーテル、何を知っているんだ?」
「これは…、私とノルンが何故水晶にあなた達を封じたのかという理由でもあります」
「歴史の改変を望む神とその僕(しもべ)。彼女達は以前も歴史を変えようと画策し、歴史を食らう怪物を生み出そうとした。前回は私とマーテルが力を尽くし、彼女達を世界と世界の狭間へと送ることが出来ました。ですが、彼女達は…あなた達の仲間、レイガを引き込んだようです。私達が、あなた方を引き込んだように」
話をしているノルンの目には普段の温かさはなく、かつてアレス達に見せたあの冷たい光が宿っていた。
憎しみの感情ではないが、レイガ達を倒すことに一切の容赦がない。そんな目だった。
「その神様とやらを倒せば、レイガ達は戻ってくるのか?」
「いいえ、どうでしょう。もしかしたらそれも叶わないかも知れない…。話が逸れましたね。水晶に封じ込めたのは、彼女達に私達があなた達を呼び出したことに気付かれかけたのです。だから先に水晶による封印を施し、引き込まれないようにした…と言うことです」
「それは分かったんだけど、どうして私に尻尾と耳が生えてるの? 可愛いから良いけど」
「それについては私が答えましょう」
翠那の問いに答えると言ったのはマーテルだった。
彼女はノルンとは違い、柔和な笑みを絶やしていなかった。それどころか可愛らしいものを見るように、翠那の耳と尻尾を見ていた。
「翠那、あなたには魔術の特異な才能があります。それを最適化する際に、あなたが好んでいたイメージによって生えてしまったのです。もちろん…」
言葉を一旦切ってマーテルは翠那に近寄ると、その耳に触れる。すると彼女の身体はまるで電流が走ったかのように跳ねた。
「うにゃっ!?」
「このようにきちんと感覚もあります。尻尾にも、ですけどね」
「う、うう〜!」
敏感な部分に触れられたのか、翠那の顔が真っ赤に紅潮していた。
マーテルが唐突にやった行いに、残りの全員は唖然とした顔で彼女を見ていた。その視線に、マーテルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「少々悪戯が過ぎましたね。冗談はさておいて、皆さんもうお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでください。また気配を察知したら、お伝えしますので」
「封印をかけているあなた方の仲間達は、歴史の改変を修正している間に解いていきますのでご心配なきよう」
「分かった。で、どこで休んだらいい?」
「それはまた炎が導いてくれます。では、ゆっくりと…」
マーテルに言われるがままに、五人は神殿の大広間を後にした。その間にも、悠汰とアレスのにらみ合いが続き、アリアとティアラはその様子を見ながら互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
後に続く翠那は、沈痛な面持ちでレイガのことを考えていた。何故彼がこのようなことをするのか、全く思い浮かばず、泣きそうな表情で足早にアレス達の後を追った。
「意外とこの世界の食料も美味いじゃないか」
マーテルに通された部屋で、悠汰達は食事を取っていた。
十人ほどは囲んで座れるほどの大きな円卓に、材質の良い木で作られた椅子。
机の上には無数の色とりどりの果物と、誰が作ったかは分からないが、肉、野菜、魚などあらゆる食材が使われた料理が湯気を立てて置かれていた。
全員、椅子に座って机の上にある料理を食べる。口に広がる様々な味わいに、全員舌鼓を打っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。どうしてレイガは歴史を変える、なんて言い出したの?」
唐突にアレスに問いかけたのは翠那だった。彼女の中で、この疑問が食事中ずっと頭の中を回っていた。
翠那の問いにアレスは全員の顔を見渡した後、腕を組み少しだけ首を捻った後、口を開いた。
「それは俺も思っていた。どうしてレイガが世界を変えるなんて言い出したのか、俺にも分からない。何か理由があるのかも知れないが…」
「レイガさん、何か思い詰めているような感じはありませんでした。むしろ、自分の意思で決めたような…そんな感じです」
「そうなのですか? でもレイガさん、無意識のうちに無理をするって本人が言ってましたから…。まだ、私は会ったことがないですけど」
「やっぱり、レイガは何か隠してるのかな…。なんで隠し事なんか…」
「だが、レイガがやっていることは歴史を食らう怪物を復活させることだ。どんな理由があるにせよな。だから、レイガが何を考えているかなど関係ない。私達は、マーテルに言われたことをやれば間違いないはずだ」
全員の疑問を、悠汰はあっさりと切り捨ててしまった。理由など関係ない、自分たちがするべき事はマーテルに言われたことだ、と彼自身信じて疑っていなかった。
だが、悠汰以外の全員はマーテルの言葉は半信半疑だった。本当に歴史を食らう怪物が居るのか、自分たちは本当に正しいことをやっているのか。疑問が多く浮かんでいた。さらにこの状況下で、マーテルが絶対正しいとは言えない。彼女も間違っている可能性があるのだから。
翠那の気持ちも汲まず、自分の意見を押し通した悠汰に彼女は怒りの視線を向ける。
「悠汰ぁ…!!」
「落ち着け、翠那。腹立たしいが、今は喧嘩するべきではない」
「私は間違ってなどいないぞ。レイガ達がやっていることは、してはならないことなんだからな」
そう言って悠汰は席から立つと、この部屋の隣にある寝室へと入っていった。
頑なな態度の悠汰に全員顔を見合わせて溜息をつく。誰ともなく立ち上がると、全員用意された寝室へと移動し、休息を取った。
16/04/14 00:10更新 / レイガ
戻る
次へ