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第一章:交差する運命 中編
じめじめとした湿気に、潮の香り。そして雫が滴る音。

全員の視界が元に戻ると、目の前に広がっていたのは洞窟の中の光景だった。それも、潮の匂いがすることからここが海底にある洞窟だと言うことが分かる。

「もしかしてここは…」
「間違いありません、リオンとスタンが戦った場所です! 多分、ここで誰かが歴史を変えてしまったんでしょう!」

そう鼻息荒く説明するアリア。ここがその海底洞窟だとすれば、もう一つの結論が出てくる。それは、

「オベロン社の連中の手の中…と言うワケか」
「何者だ!!」

怒声が聞こえたかと思うと、どこからともなくオベロン社のマークを肩に刻んだ甲冑を纏った数名の社員達と、番犬であろうか、明るめの赤い毛皮の犬が数匹悠汰達を囲んでいた。

全員が臨戦態勢になっているため、下手なことをすれば確実に総攻撃を受ける。さらに囲まれているため、逃げることも出来ない状態だった。

「貴様等、見かけない奴だな。どうやってここに入ってきた!?」
「見つかってしまったね。どうしたものか」
「奇襲で行くしかないな…。アリア、頼む」
「はい」
「何をごちゃごちゃと言っている…!」

ひそひそと作戦を練る三人に、囲んでいるオベロン社の社員達は腰に下げている剣の柄に手をかけていた。じりじりと包囲網が狭まっていく。番犬達も牙を剥きながら、こちらに迫ってきていた。
尖った岩から、雫が落ちた。次の瞬間、

「ピコハン!!」

アリアがそう叫ぶと、三人の目の前に居る社員の頭上におもちゃのハンマーが晶力によって生み出され、落下する。甲冑を纏っていれば痛くも痒くもないはずのそのおもちゃのハンマーは、社員の頭に直撃し、凄まじい衝撃音を撒き散らしながら卒倒させる。

それを合図に、アレスと悠汰は同時に別れながら飛び出し、その移動先に居る社員達に飛び蹴りを見舞った。

その奇襲に対応できなかった社員達は、アレス達の攻撃を受けてその体勢を崩す。好機とばかりに彼等の猛攻が始まった。

アレスの飛び蹴りで体勢を崩した社員に、彼の気迫のこもった左の拳が腹部に突き刺さる。鉄板で作られた頑丈な甲冑を、彼の拳はまるで飴細工のように粉砕する。だが、それだけでは終わらなかった。

「烈破墜掌!!」

アレスは右腕だけで社員の首を掴み上げると、凄まじい勢いで地面に叩き付けた。その際に右手に込めた気が炸裂し、社員は地面に叩き付けられた衝撃と首から伝わった気が炸裂する衝撃により、その意識を手放す。

一方の悠汰は背中に交差させて担いでいる二本の槍を持つと、右足で踏み込みながら渾身の力で左のそれを振り抜く。

「風牙槍!!」

振り抜いた槍は風切り音を響かせながら、風を纏って社員の横っ腹を直撃する。鎧が切り裂かれ、その下に着ている鎖帷子が見える。

悠汰はそこに狙いを定めて右の槍を穂先ではなく、石突きを向けて右足を引きつけるどころか、そのまま前へとさらに踏み込む。

「烈駆槍!!」

突き出された槍の石突きは、寸分の狂い無く社員の剥き出しの鎖帷子へと突き刺さる。フルフェイスの兜によって表情は見えないものの、蛙のような潰れた声を上げて社員はその場に崩れ落ちた。

瞬く間に三人の社員が戦闘不能になり、残った社員達は明らかな動揺を見せていた。その隙を見逃さず、アリアは腰のトンファーを引き抜いて構えると、右の拳に力を入れる。

「はぁあああああああ!! 幻竜拳!!」

裂帛の気迫と共にアリアは社員に肉薄すると同時に、その右のトンファーを勢いのままに相手の胸へと叩き付ける。甲冑がひしゃげる感覚がしたかと思えば、そのまま社員は大きく吹き飛ばされる。やがて岩壁に叩き付けられ、その場に力なく倒れ込んだ。

アリアが一息ついた刹那、左右から番犬たちが飛びかかってきた。気を緩めていたせいか、アリアの反応が一瞬遅れる。

「きゃっ…!?」
「やらせると」
「思っているのか!?」

悠汰の槍が番犬の身体を貫く。そのまま勢いよく空中へと放り投げられ、落下して地面に叩き付けられる。さらに、アレスの手が番犬の尻尾を掴んだかと思えば、そのまま彼の身体ごと回転し、空中へと大きく飛ばされる。

アレスが放ったのは、触れた相手を大きく吹き飛ばす巻空旋、悠汰が放ったのは突き刺した相手を空高く放り投げる放槌槍だった。

残った番犬たちは、襲いかかれば今度は自分達がやられると野生が告げたのか、一目散にその場から逃げ出した。

初陣ではあるが、全員は勝利を収めていた。だが、同時に誰かを傷付ける感覚に手が震える。

「喜べるものでは…無いな、この感覚は」
「ああ。だが、俺達は戦わなければならないんだ…。後悔する暇は、無いと思うよ」
「先を、急ぎましょう。この先にリオン達が居るはずです」

戦うのだから仕方ない、それを心に刻みながら三人は海底洞窟の奥へと進んでいった。

奥に近付くにつれ、剣がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。その音を頼りにさらに奥に行くと、少し開けた場所に出た。そこでは、ソーディアンマスター達の熾烈な戦いが繰り広げられていた。

「爪竜…!」
「爪竜ッ!!」
「「連牙斬!!」」

獅子のたてがみのような金髪を振り乱しながら、白い甲冑を身に纏った男性が凄まじい勢いで四度変わった形の剣を振るう。それに応じるように、小柄の少年の籠鍔を持った剣が四度振るわれ、互いにぶつかり合う。

彼等こそ、スタン=エルロンと、リオン=マグナスその人だった。テレビの中でしか見たことのない、ソーディアンマスターの姿がそこにはあった。

「リオ…!」
「アリア、声を出してはいけない。俺達が彼等に何かをすれば、それだけで歴史が変わってしまうかも知れない」
「でも…!?」

今にも飛び出しそうなアリアを、アレスは必死で押さえ込んでいた。仮に彼女が飛び出してしまえば、さらに歴史が変わってしまうかも知れない。それを避けるべく、アレスは必死で彼女を食い止めていたのだ。

「隠れて見るなら問題はないだろう。あの岩からそっと見るんだ」

悠汰が指さした先には、辛うじて三人くらいなら隠れられそうな岩があった。三人は、他のマスター達に見られないように、こっそりと岩の後ろ側へと移動する。

その間にも、スタンとリオンの攻防は激化していた。響き渡る剣戟の音が、さらに激しさと回数を増していく。

その戦いも、唐突に終わりを告げる。

「おおおおおおおおおおおおお!!! 殺劇、舞荒けぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

スタンが繰り出した目にも止まらない神速の剣が、リオンを捉える。徐々に赤熱していく剣、ディムロスが炎を吹き上げ始めた。

「でああああありゃああああああああああ!!!!」

炎を巻き起こすスタンの渾身の一撃がリオンの身体を焼き尽くす。空中高く舞い上げられ、そのまま床へと叩き付けられた。

「がはっ…!?」

リオンはもう一度立ち上がろうとするが、彼の全身に刻まれた傷跡がそれを阻んだ。スタンが、彼に勝利したのだ。

リオンが敗北する様を見て、アリアは複雑な表情でそれを見ていた。一方のアレスと悠汰は、このまま歴史の改変は行われないのだろうかと、スタン達の様子を見ていた。

「リオン…、どうして…!?」
「僕は…、僕の意思で戦った…。そこに、悔いはない…!」

リオンがそう呟いた次の瞬間、鈍い震動と共に周囲の岩が崩れ、大量の海水が流れ込んでくる。

これもまた、正しい歴史の流れである。だが、異変は唐突に起こった。

「タイムフリーズ!」

どこからともなく聞こえる少女の声と共に、空間が固まる。聞いたことの無いような甲高く、不気味な音。同時に、世界の色がモノクロに変わる。流れ込んでこようとしていた海水も、その動きを完全に停止していた。

何事かと思い三人が岩陰から出てくると、スタン達ソーディアンマスターとリオンもモノクロに染まってその動きを停止していた。アリアがリオンに触れるもその感触は実に硬質的で、まるで石になったかのような感触だった。

そこへ、洞窟の奥から三人の黒いフード付きのマントを羽織った人物がやってくる。停止している世界で、彼等の靴音だけが響き渡っていた。

「兄ちゃん、術にかかってない奴が居るよ?」
「あー…、もしかしたら、この世界の人間じゃないのかもな」
「でも、聞いたことがある声だよ?」

顔を合わせてひそひそと話す彼等。その内の一人の声を聞いて、アレスは自分の耳を疑った。何故彼がここに居るのか、全く想像もしていなかったのだ。

「レイ…ガ…!?」
「ぁん? ああ、なるほどなるほど…。アレス達だったのか。俺達の…、歴史の改変を邪魔する奴ってのは」

三人のうち、もっとも声の低い人物がフードに手をかけ、自分の顔をさらす。その正体は、レイガだった。アレスも顔自体を見たことはない。だが、声だけは幾度となく聞いたことがある。故に、聞き間違えることはなかった。

悠汰もアリアも、レイガがそこにいることに絶句していた。アリアも悠汰も、アレス同様彼と親交がある。だからこそ、今目の前にある光景は信じがたいものであった。

「やーだねぇ、知り合いと戦うとか。知らない奴とだったらさ、そう気にせずに戦えたってのに」
「レイガ…、どうして歴史を変えようなんて真似をする…!?」

震える声で、悠汰はレイガに質問する。その質問に、彼は冷ややかな眼を向けて口元を歪める。くつくつと冷ややかに喉で笑うと、口を開いた。

「俺は俺の望んだようにやってるだけだ。邪魔するんだったら、容赦しねぇぞ」
「レイガ兄ちゃん、俺も手伝うよ…!」

もう一人、少年の声を放つフードの人物がそのフードを外す。その人物とは、天海だった。彼も同じく、アレスや悠汰、アリアと親交がある人物だった。

次々と現れる関わりのある人物。そして、最後の人物がフードを外す。現れたのは、シノであった。彼女の顔を見て、アリアは今度こそ、信じられないという表情を浮かべた。

シノとアリア、彼女達の親交は深い。故にこのような状況になるなど、信じられなかった。

「シノ…、どうして!?」
「ごめんね、アリア。私も、出来るのなら世界を変えてみたい。そう思ったから…」

そう悲しげに眼を伏せるシノ。アリアの握っている拳は、わなわなと震えていた。このような状況にしたのが彼だったとしたなら、絶対に許すわけにはいかない。彼女の中で、怒りの炎が燃え上がる。

今にも飛びかかろうとするアリアを制するように、悠汰が前に出る。その両手には、二本の槍が握られていた。

「お前を止めるぞ、レイガ。歴史を変えさせるわけにはいかんのだ!」
「ああ、良いぜ。来いよ。俺の邪魔はさせねぇよ!!」

それが開戦の合図だった。
16/04/14 00:08更新 / レイガ
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