連載小説
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第一章:交差する運命 前編
マーテル達が居る神殿の外れ、森の端に位置する場所に巨大な湖があった。まるでその湖の存在を覆い隠すかのように木々がその枝葉を伸ばし、高空からはその存在が全く見えないようになっていった。

その湖の畔に、巨大な水晶が五つ浮かんでいた。その中は五人の人物がまるで母体の中に居る胎児のように浮かんでいた。何らかの力により、その水晶の中の人物がどんな人物なのか見ることは出来なかった。

突如、その水晶の一つにひびが入り、凄まじい光を撒き散らしながら周囲にその破片が四散する。

確かに人間が居たはずのその水晶は、跡形もなく砕け散っていた。中に居たであろう人物は、そこには影も形もなかった。

その凄まじい光を目の当たりにした動物たちは、一目散にその付近から逃げていった。

「どうやら、新たな仲間の封印が解けたようです」
「封印…?」

アレスが怪訝そうに言うと同時に、彼等とマーテル達の間に強烈な光を放つ球体が現れた。その光が収まると同時に、そこには一人の少女が立っていた。

少女は眼を開くと同時に、周囲を見渡す。日本ではない全く見慣れない光景に、彼女は首を傾げる。

「えっと…、ここは…どこですか?」
「ここは精霊界…。あなたは私達に導かれて、この世界にやってきたのです。あなたの名前は?」
「私はアリアです。そこの二人は…?」
「アリア、だって!?」

アレスと悠汰が驚くのも、無理はなかった。

面識はないにせよ、彼女のことは知っている。とあるサイトで話をしていた仲だ。故に彼女もこの世界に呼び出されていることに、驚きを隠せなかった。

「あのー…」
「ああ、済まないね。俺はアレスだ。覚えているだろう? あの場所で話をした」
「私は蒼樹悠汰だ。多分、覚えていると思う」
「ああ、蒼樹さんにアレスさんですか! ええ、覚えてます! どうしてこんな所に居るのかは、分かりませんけども…」
「俺達も、君と同じ理由だよ。アリア」

自身も同じ理由で召喚され、六つの世界の歴史を守るために戦う必要がある。そう説明するアレスと悠汰。彼等二人の説明を受け、アリアもそれを快諾した。

「そう言うことなら、私も戦います。まだ、ちょっとだけあやふやですけれど」

と彼女は苦笑いを浮かべながらもそう答えた。

「承諾してくれて、感謝いたします。そして、いきなりですが…歴史が改変されたようです」

先ほどまでの柔和な笑みとは打って変わって、厳しい表情を浮かべるマーテル。それに応じるように、世界樹の別れた六つの枝のうちの一つが一瞬にして枯れたかのように、茶色の葉をぶら下げた枯木のように変化する。

「これが、歴史改変による影響です。世界の歴史の人為的な改変で、世界樹の枝葉は徐々に色を失い、枯れていく。世界樹の枝葉全てが枯れ果てたとき、歴史を食らう怪物が再び蘇り、世界を食らい尽くすのです」

そう説明するノルン。マーテルと同じく柔和な笑みなど吹き飛び、審判を下す神のように厳かな表情を浮かべていた。

「あなた達にこれらを渡しましょう。一つは経験の宝珠。あなた達の様々な経験を記憶し、後に解放される者達に同じ経験を継承させるものです」

そう言ってマーテルは、全員の左腕に大きめの白い宝珠をあしらった腕輪を作り出した。
何らかの石で出来ているはずなのに、それは重さを感じさせず、しばらくすればその腕輪の存在すら忘れさせるほど軽かった。

「もう一つは変換の首飾り。これから様々な世界に赴くあなた達は、その世界にとっては異質なものでもあります。ですから、この首飾りに着いている宝珠が、あなた達の体内にあるマナを、その世界における様々な力の源に変換します。純粋な魔術の才があるのは、アリアだけのようですが」

説明しながらノルンは、全員の首に銀色の半球体をヘッドにした首飾りを作り出した。今のところ、この精霊界では力の変換は行われていないようだ。

さらにマーテルとノルンが互いの手を合わせ、全員に光の球体をぶつける。

すると、アレスの両手には手の甲を薄い鉄板で補強された手袋が、悠汰の目の前には簡素な作りではあるものの、扱いやすそうな二本の槍が、アリアの両手にはトンファーが握られていた。

「これで、戦支度も出来ました。では、あなた達を改変された世界へと送ります。世界の歴史のどこが改変されているか分かると、その時間軸まで飛ぶことが出来ます。みなさん、ご武運を」

そう言うや否や、マーテルは全員の足下に巨大な魔法陣を作り出した。修練の平野に送ったときと同じ魔法陣ではあるが描かれている文字は全く別物で、さらには陣の色も以前は赤だったが、今回は緑であった。

魔法陣がいっそう強く輝き、全員の視界が真っ白に染まる。同時に、先ほどまであった地面の感触が無くなり、浮遊感と身体が上かも下かも分からないような、そんな感覚に支配されていった。


しばらくして地面の感覚が戻り、視界も徐々に色を取り戻していく。だが、世界を見るよりも先に全員を真っ先に襲いかかったのは、

「「「寒い!!!」」」

強烈な冷気であった。

周囲を見回すと、あちこちで雪が積もっている。それどころか、今もちらほらと雪が降っているのだ。空を見上げると、太陽を覆い隠すようにどこまで続いているか分からないほどの曇り空だった。

寒さで歯の根が合わないほどに震える三人。特にアレスは南国出身であるために、あまりの寒さに慣れていないのか、唇の色が徐々に紫色になりつつあった。

「ここここれはまずい…。はははははは、早く宿を見つけないと、ここここ凍え死んでしまう…!」
「ささささ、賛成ですすすす…! ストーブか何かに早く当たりましょう…!! ささささ寒いです!!」
「みみみみんな、近くにややややや宿があるぞぞぞぞ!」

悠汰は震える指で宿屋の看板を指さしていた。アレスとアリアはそれを見るや否や宿屋へと全力で駆け込んでいた。悠汰も彼等の後を追い、白い息を吐きながら宿屋へと駆け込んでいった。

「あんた達、旅の人かい? なんにせよ、防寒着も無しにこのハイデルベルグの外で居るなんて、自殺願望でもあるのかね?」

そう言って宿屋の女将は三人に毛皮で出来た厚手のマントを渡し、マグカップに熱々のコーンスープを振る舞っていた。

三人はストーブを囲んで、マグカップの中で湯気を上げるコーンスープを口にする。無論、勢いよく飲めば火傷は必至なのでゆっくりとすする。スープの温かさが、凍えきっていた身体を芯から温める。

「おばちゃん、ハイデルベルグと言ったか? ここはハイデルベルグなのか」
「ああ、そうだよ。ここはかの英雄王、ウッドロウ=ケルヴィンが治めるファンダリアの首都、ハイデルベルグさ。十数年前に起こった…あー、テンジョーオーだったかしらねぇ? そんな奴が世界を乗っ取ろうとしたときにソーディ…なんだったかしらねぇ。そんな剣を持った五人組が…」
「ちょっと待ってください! ソーディアンチームが五人ですって!?」

女将が言った言葉に、アリアはマグカップをテーブルの上に叩き付けていた。その衝撃で、カップの中に入っていたスープが飛沫を上げる。

アリアのその眼は様々な感情に満ちていた。ソーディアンチームが五人組、その言葉に何らかの侮辱の意味が込められているかのように、彼女の身体は怒りに震えていた。

「そんなはずはありません。ソーディアンチームは…!」
「おっと、何か気を悪くさせちゃったかねぇ。済まないねぇ、お嬢ちゃん…」
「済みませんが、歴史を調べられる場所はどこにありますか? 俺達は、ソーディアンチームは四人組という伝承しか聞いていませんから…」

アレスは苦笑いを浮かべつつ、アリアのフォローを入れる。ここまで彼女が怒りを露わにしたところを、あまり見たことがなかった。

一方の悠汰はそんな様子を横目で見つつ、カップのスープを飲み干していた。

「ああ、ここのすぐ近くに図書館があるんだ。そこに行ってみると良いよ。それにしても変な話だねぇ、ソーディアンチームだったっけねぇ? それが四人組だなんて…」
「ありがとうございます。アリア、悠汰。行こう。スープとマント代は…」
「ああ、ただで良いよ。困ったときは助けてやるのが、あたしの信条なんだ」

そう言ってウインクをする女将。三人は頭を下げて宿屋から外に出た。

この世界は明らかに可笑しい。本来この世界を救ったソーディアンチームとは、ディムロスのソーディアンマスター、スタン=エルロン、アトワイトのソーディアンマスター、ルーティ=カトレット、クレメンテのソーディアンマスター、フィリア=フィリス、イクティノスのソーディアンマスター、ウッドロウ=ケルヴィンの四名の事である。

五人目のソーディアンマスターは確かに存在するが、彼は本来裏切り者と言うべき存在であった。五人として扱われていることはつまり、彼も頭数に入れられていると言うことである。

このことを確認するためにも、三人はハイデルベルグにある大図書館へと急いだ。

ハイデルベルグの大図書館に入った三人は、この世界の歴史書を探し始める。だが、闇雲に探したところで見つかるわけもなく、悠汰は近くにいた図書館の女性司書に声をかけた。

「済みません、最近の世界の歴史書はどこにありますか?」
「歴史書は二階になります。二階には英雄達の像もございます。シャルティエのソーディアンマスター、凄く格好いいですよ。きゃっ」

シャルティエのソーディアンマスターと言ったとき、司書は明らかに顔を真っ赤にしながらその場から離れていった。

間違いなく、彼のことだ。三人が持っている疑惑はついに、確信へと変わっていた。

三人が二階に着くと、そこには彼等を出迎えるように等身大の英雄達の像が鎮座していた。

「嘘…です…!! こんなの、絶対変です…!!」

英雄達の像、それは五体あった。スタン、ルーティ、フィリア、ウッドロウ、そして。

「リオン……マグナス……!!」

リオン=マグナス。自身が愛するマリアンのためにスタン達を裏切り、その命を落としたシャルティエのソーディアンマスター。

後世では裏切り者として語り継がれた剣士の姿が、英雄としてそこには存在していた。

その像を見て、アリアはがっくりと膝をつく。彼女にとって、これほどの仕打ちはないだろう。

別の物語ではスタンの息子達と共に戦い、自身の行いに悔いはないと言っていたリオンが、このような形になるなど、思ってもいなかった。

「デスティニーでの歴史の改変は…」
「リオンが生きているという歴史、と言うことか…。確かにこれでは、デスティニーの後の話が生まれるわけがない」

歴史の改変が行われるとこういう事になるのか、とアレスと悠汰は言葉を失っていた。明らかに、世界の歴史がねじ曲げられている。

この歴史を望んだ者も居ただろう。だが、マーテル達の言うように、このような歴史があってはならない。彼女達の言うとおり、歴史を食らう魔物が生まれてしまうから。

「リオンが死ぬ時間軸まで飛ぼう。そこで歴史を変えた誰かが居る」
「私も、賛成です。リオンは絶対こんな事を望んでいないはずです。愛する人のために戦ったリオンが、こんな事を望むわけがありません!」

悠汰の提案にそう強く言い放つアリア。彼女の眼には、歴史の改変とリオンの思いを踏みにじったものに対する怒りの炎が燃え上がっていた。

「しかし、どうやって飛ぶんだ? 俺達には、マーテルのような力はないだろう」
「よく見るんだ、アレス。首飾りが光っている」

悠汰は自身の首飾りを指さした。銀色だった半球体は、気付けば自分たちをここに転送した魔法人の色と同じ緑色に変わっていた。

この光がマーテル達の言っていた、歴史が改変される原因となった時間軸へと導いてくれるのだろう。

「念じれば飛べる…とかか?」
「だろうな。私も同じ事を思っていた」
「じゃあ、行きましょう。こんな事をした人を捕まえて、ぼこぼこにします!」

そう言って三人は、意識を首飾りに集中させる。すると首飾りから強烈な光が走り、三人の姿が陽炎のように消えていった。

強烈な光が走ったというのに、そのことに気付いたものは誰一人としていなかった。
16/04/14 00:06更新 / レイガ
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■作者メッセージ
この章の最後に、技の説明など張りたいと思いますー。

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