序章:世界を変える者
「人の運命を変える気はないか?」
レイガが目を覚ましたのは、薄暗い洞窟の中だった。空気はひんやりとして、自然の洞窟のはずなのに生物の気配が一切無い、そんな洞窟だった。
岩自体がぼんやりと光り、辛うじて視界は確保できる。それでも、耳鳴りがするようなその静寂は、あまり長居をしたくない、そんな気持ちがわき上がってくるようだ。
「妙に気分がざわつくな…。ここはあまり居たくない」
周囲を見回すと、奥の方に岩の光とは違う、もっと別の強い光が見える。自分の背後の道は岩の光があるものの、それ以上に強い光は見えなかった。奥に行くにつれ、あるのは無明の闇ばかりである。
レイガは奥の方へと足を進める。自分が目覚める前に聞こえた声、それが導いているかのように、自身の意思に関係なく足が歩いているように思える奇妙な感覚を覚えた。自分の意思で歩いているはずなのに、誰かに操られているような感覚だった。
しばらくしてレイガがたどり着いた場所は、天井まで十メートルはある巨大な大空洞だった。それは人為的に作られたものではない。だが、自然に作られたものというわけでもない。超常の力によって作り上げられた大空洞なのだろう。そして、この大空洞の最奥には得体の知れない巨大な繭が鎮座していた。
その繭の前に立っていたのは二人の女性。一人は亜麻色の髪を三つ編みにし、白を基調として金糸による豪奢な刺繍に、両の袖の表側は黒、内側は白の法衣を身に纏っている。
もう一人の女性は、その金色の髪をまるで巻き貝のように両サイドでまとめ、青に白のラインが入ったワンピースを身に纏っている。だが、この女性は人間とはかけ離れていた。その背中に巨大な純白の一対の翼が生えている。
「よくここまで来ましたね、レイガよ。私の名はエルレイン。この六つの世界の歴史を変え、遍(あまね)く人々に幸福を与える者」
「私はフォルトゥナ。歴史を変え、人々を幸福に導く存在。人は私を神と呼びます」
胡散臭い。それが、レイガの第一印象だった。
エルレイン、フォルトゥナと名乗った女性はさして尊大な態度は取っていないが、明らかに言っていることが胡散臭いのだ。
世界の歴史を変える。この言葉が、レイガが抱いた胡散臭いという印象をさらに強固なものにしていた。
「よく居るよな。私は神様だ、とか、私は全能の存在だとかって偉そうにする奴。一体ここはどこなんだよ?」
そう吐き捨てるレイガ。だが、その言葉を聞いてもエルレインとフォルトゥナの笑みは消えることはなかった。まるで小さな子供が大人に向かって憎まれ口を叩き、それを涼しげに聞き流しているかのように。
「ここは歪みの洞窟。あなた達が居る世界と、私たちがかつて居た精霊界、その狭間に存在する世界にある洞窟です」
「あなたを呼び寄せたのは他でもありません。あなたには、六つの世界。ファンタジア、デスティニー、エターニア、シンフォニア、アビス、リバースの世界の歴史を変えて貰いたいのです」
「いや、待て待て。どうして俺が歴史を変えなきゃならねぇんだよ? あんた達がやりゃ良いんじゃねぇのか?」
「それは、あなたが心の奥底に持っている願望によるもの…。私達があなたを呼び出したのは、それが理由なのです」
「っ!?」
エルレインが言い放った言葉に、レイガは言葉を失ってしまう。
自分の奥底にあるもの。過去にあったある事件以来、自身の心に常に渦巻いているもの。それを彼女達に見透かされたのだ。
無意識のうちに、レイガは一歩だけ後ずさりをしていた。エルレインは、それを見てたたみかけるように言葉を続けた。
「私と共に人の運命、歴史を変えることが出来たなら…レイガ、あなたが現実世界に戻っても一度だけ人の過去を変える力を与えましょう。これなら、いかがでしょう?」
「…」
自身に提示された条件とその見返り。ただ協力するだけで、それを変えることが出来るかも知れない。もし変えることが出来たなら、今までのように悩む必要もない。
ならば、答えはただ一つだった。迷うことなど、何一つ無い。
「良いぜ、やってやるよ。ただし、本当だろうな? あんた等に力を貸せば現実でも歴史を変える力が手に入るって」
「ええ、約束しましょう。しかし、あなた一人では歴史を変えることなど到底不可能…。だから、仲間を連れてきています」
エルレインが右腕を掲げると、三本の光の柱が立ち上る。それが収まると、そこには少年と少女、そして紅蓮の毛並みをして首に二つの犬の頭をかたどった装飾がなされている首輪をはめた大きな狼がそこに立っていた。
「天海…、シノ!? そんな馬鹿な!」
現実では会ったことはないが、その雰囲気で何となく分かっていた。さらにシノは、一度だけその顔を見たことがある。だからこそ、驚かされた。何故ここに彼等が居るのか。
「彼等もまた、あなたのその魂に引かれてここに来た者達です。故に、あなたの力になることでしょう」
そう言って微笑むエルレイン。だが、レイガはそんなことはどうでも良いと言わんばかりに、ただただ驚愕の表情で彼等を見つめていた。
「天海…、シノ…。本当に、良いのか? 俺なんかに付いてきて。思ってる以上に、ろくでなしなんだぞ?」
「俺はレイガ兄ちゃんのために戦うよ。むしろ、レイガ兄ちゃんだから俺は付いていく。もし邪魔をする奴が居るなら、俺が相手になるから!」
「私もレイと一緒に行くよ。レイのこと、放っておけないから」
そう言って頷く天海とシノ。その隣にいた狼も頷いていた。どうやら、人の言葉が理解できるようだ。仲間としていてくれるなら、この二人と一匹は実に心強いだろう。
その様子を見て、エルレインはさらに笑みを浮かべる。傍目には女神の微笑みとそう変わらないのだが、何故か何か黒いものを感じるような、そんな笑みだった。
「四人の力を合わせたところで、実戦の経験がないあなた方ではすぐに敗北してしまうでしょう。ですから、あなた方を鍛えるために一人、教官を付けましょう」
再びエルレインが右腕を掲げ、光の柱が立ち上る。それが消えると、そこには漆黒の着流しを纏い、鞘に収めた長刀の帯を左腕に巻き付けた長髪の男性がそこに立っていた。
「俺がお前等の教官っつか、なんだ? 戦い方を教える、ユーリ・ローウェルだ。よろしく頼むぜ? おちびさん達」
「誰がちびだ、ロン毛野郎」
レイガがそう言った瞬間、彼の喉にはいつの間にか抜刀していたユーリの長刀の切っ先が突きつけられていた。
その神速とも言うべき速度の身のこなしに、ただただその場にいる全員は唖然となっていた。
「口には気をつけなよ、兄さん。下手したらあんたの首が飛んでたぞ?」
「あ、ああ…!」
にやりと笑って、ユーリは長刀を鞘に戻す。確かに彼は笑っているが、その眼は笑っていない。もし失言を繰り返そうものなら、自分の首が身体と泣き別れをしていても可笑しくはなかった。
「さーてと、訓練を始めっかぁ。とりあえずあんた等が数日で雑魚の魔物くらいなら簡単にあしらえるくらいには鍛えてやるからな」
こうして、ユーリによる文字通りの地獄の特訓が始まった。シノは治癒の術の適正があったため、エルレインに術の手ほどきを受けることとなった。
ユーリによる敵に対する体捌き、武器の扱い、基礎的な体力の強化。数日とはいえ、少々の休み以外はひたすら訓練が行われていた。レイガと天海は何度意識を失ったか分からない。文字通り、血反吐を吐いたことだってある。
数日経って、レイガ達も戦う力を手に入れていた。独学ながらもレイガは闇の魔術の公使も可能になっていた。
かくして、世界の歴史をかけた戦いの幕が開く。彼等が秘めた望みはなんなのか、それは戦いの中で語られるのかも知れない…。
レイガが目を覚ましたのは、薄暗い洞窟の中だった。空気はひんやりとして、自然の洞窟のはずなのに生物の気配が一切無い、そんな洞窟だった。
岩自体がぼんやりと光り、辛うじて視界は確保できる。それでも、耳鳴りがするようなその静寂は、あまり長居をしたくない、そんな気持ちがわき上がってくるようだ。
「妙に気分がざわつくな…。ここはあまり居たくない」
周囲を見回すと、奥の方に岩の光とは違う、もっと別の強い光が見える。自分の背後の道は岩の光があるものの、それ以上に強い光は見えなかった。奥に行くにつれ、あるのは無明の闇ばかりである。
レイガは奥の方へと足を進める。自分が目覚める前に聞こえた声、それが導いているかのように、自身の意思に関係なく足が歩いているように思える奇妙な感覚を覚えた。自分の意思で歩いているはずなのに、誰かに操られているような感覚だった。
しばらくしてレイガがたどり着いた場所は、天井まで十メートルはある巨大な大空洞だった。それは人為的に作られたものではない。だが、自然に作られたものというわけでもない。超常の力によって作り上げられた大空洞なのだろう。そして、この大空洞の最奥には得体の知れない巨大な繭が鎮座していた。
その繭の前に立っていたのは二人の女性。一人は亜麻色の髪を三つ編みにし、白を基調として金糸による豪奢な刺繍に、両の袖の表側は黒、内側は白の法衣を身に纏っている。
もう一人の女性は、その金色の髪をまるで巻き貝のように両サイドでまとめ、青に白のラインが入ったワンピースを身に纏っている。だが、この女性は人間とはかけ離れていた。その背中に巨大な純白の一対の翼が生えている。
「よくここまで来ましたね、レイガよ。私の名はエルレイン。この六つの世界の歴史を変え、遍(あまね)く人々に幸福を与える者」
「私はフォルトゥナ。歴史を変え、人々を幸福に導く存在。人は私を神と呼びます」
胡散臭い。それが、レイガの第一印象だった。
エルレイン、フォルトゥナと名乗った女性はさして尊大な態度は取っていないが、明らかに言っていることが胡散臭いのだ。
世界の歴史を変える。この言葉が、レイガが抱いた胡散臭いという印象をさらに強固なものにしていた。
「よく居るよな。私は神様だ、とか、私は全能の存在だとかって偉そうにする奴。一体ここはどこなんだよ?」
そう吐き捨てるレイガ。だが、その言葉を聞いてもエルレインとフォルトゥナの笑みは消えることはなかった。まるで小さな子供が大人に向かって憎まれ口を叩き、それを涼しげに聞き流しているかのように。
「ここは歪みの洞窟。あなた達が居る世界と、私たちがかつて居た精霊界、その狭間に存在する世界にある洞窟です」
「あなたを呼び寄せたのは他でもありません。あなたには、六つの世界。ファンタジア、デスティニー、エターニア、シンフォニア、アビス、リバースの世界の歴史を変えて貰いたいのです」
「いや、待て待て。どうして俺が歴史を変えなきゃならねぇんだよ? あんた達がやりゃ良いんじゃねぇのか?」
「それは、あなたが心の奥底に持っている願望によるもの…。私達があなたを呼び出したのは、それが理由なのです」
「っ!?」
エルレインが言い放った言葉に、レイガは言葉を失ってしまう。
自分の奥底にあるもの。過去にあったある事件以来、自身の心に常に渦巻いているもの。それを彼女達に見透かされたのだ。
無意識のうちに、レイガは一歩だけ後ずさりをしていた。エルレインは、それを見てたたみかけるように言葉を続けた。
「私と共に人の運命、歴史を変えることが出来たなら…レイガ、あなたが現実世界に戻っても一度だけ人の過去を変える力を与えましょう。これなら、いかがでしょう?」
「…」
自身に提示された条件とその見返り。ただ協力するだけで、それを変えることが出来るかも知れない。もし変えることが出来たなら、今までのように悩む必要もない。
ならば、答えはただ一つだった。迷うことなど、何一つ無い。
「良いぜ、やってやるよ。ただし、本当だろうな? あんた等に力を貸せば現実でも歴史を変える力が手に入るって」
「ええ、約束しましょう。しかし、あなた一人では歴史を変えることなど到底不可能…。だから、仲間を連れてきています」
エルレインが右腕を掲げると、三本の光の柱が立ち上る。それが収まると、そこには少年と少女、そして紅蓮の毛並みをして首に二つの犬の頭をかたどった装飾がなされている首輪をはめた大きな狼がそこに立っていた。
「天海…、シノ!? そんな馬鹿な!」
現実では会ったことはないが、その雰囲気で何となく分かっていた。さらにシノは、一度だけその顔を見たことがある。だからこそ、驚かされた。何故ここに彼等が居るのか。
「彼等もまた、あなたのその魂に引かれてここに来た者達です。故に、あなたの力になることでしょう」
そう言って微笑むエルレイン。だが、レイガはそんなことはどうでも良いと言わんばかりに、ただただ驚愕の表情で彼等を見つめていた。
「天海…、シノ…。本当に、良いのか? 俺なんかに付いてきて。思ってる以上に、ろくでなしなんだぞ?」
「俺はレイガ兄ちゃんのために戦うよ。むしろ、レイガ兄ちゃんだから俺は付いていく。もし邪魔をする奴が居るなら、俺が相手になるから!」
「私もレイと一緒に行くよ。レイのこと、放っておけないから」
そう言って頷く天海とシノ。その隣にいた狼も頷いていた。どうやら、人の言葉が理解できるようだ。仲間としていてくれるなら、この二人と一匹は実に心強いだろう。
その様子を見て、エルレインはさらに笑みを浮かべる。傍目には女神の微笑みとそう変わらないのだが、何故か何か黒いものを感じるような、そんな笑みだった。
「四人の力を合わせたところで、実戦の経験がないあなた方ではすぐに敗北してしまうでしょう。ですから、あなた方を鍛えるために一人、教官を付けましょう」
再びエルレインが右腕を掲げ、光の柱が立ち上る。それが消えると、そこには漆黒の着流しを纏い、鞘に収めた長刀の帯を左腕に巻き付けた長髪の男性がそこに立っていた。
「俺がお前等の教官っつか、なんだ? 戦い方を教える、ユーリ・ローウェルだ。よろしく頼むぜ? おちびさん達」
「誰がちびだ、ロン毛野郎」
レイガがそう言った瞬間、彼の喉にはいつの間にか抜刀していたユーリの長刀の切っ先が突きつけられていた。
その神速とも言うべき速度の身のこなしに、ただただその場にいる全員は唖然となっていた。
「口には気をつけなよ、兄さん。下手したらあんたの首が飛んでたぞ?」
「あ、ああ…!」
にやりと笑って、ユーリは長刀を鞘に戻す。確かに彼は笑っているが、その眼は笑っていない。もし失言を繰り返そうものなら、自分の首が身体と泣き別れをしていても可笑しくはなかった。
「さーてと、訓練を始めっかぁ。とりあえずあんた等が数日で雑魚の魔物くらいなら簡単にあしらえるくらいには鍛えてやるからな」
こうして、ユーリによる文字通りの地獄の特訓が始まった。シノは治癒の術の適正があったため、エルレインに術の手ほどきを受けることとなった。
ユーリによる敵に対する体捌き、武器の扱い、基礎的な体力の強化。数日とはいえ、少々の休み以外はひたすら訓練が行われていた。レイガと天海は何度意識を失ったか分からない。文字通り、血反吐を吐いたことだってある。
数日経って、レイガ達も戦う力を手に入れていた。独学ながらもレイガは闇の魔術の公使も可能になっていた。
かくして、世界の歴史をかけた戦いの幕が開く。彼等が秘めた望みはなんなのか、それは戦いの中で語られるのかも知れない…。
16/04/14 00:04更新 / レイガ
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