連載小説
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序章:世界樹の神殿
「世界を…歴史を救ってください」

悠汰が目を覚ますと、そこには見たこともない景色が広がっていた。辺りは無数の大木や、巨大な岩などが転がっている。少なくとも、今の日本ではあり得ない風景である。

「ここは…どこだ?」

目の前にあるのは巨大な石で出来た階段。数百段以上はあろうその階段の上には、目視することは出来ないが、巨大な建造物があるようだ。

もう一度周囲を見渡すと、この神殿は周りを森で囲まれているようだ。悠汰は自分でも理解が出来ないが、何かに導かれるようにそこへ歩いていった。

巨大な石段を上っている途中、足に疲労が着た悠汰は石段に腰をかけた。眼下に広がる大森林と、それを抜けた先には小さな集落があるようだった。明らかに今自分が居る場所は、日本ではない。それだけは間違いなかった。

少し休憩して再び石段を登る悠汰。登り続けても、まだ頂上が見えない。だが、着実に何か建造物のようなものが見えていた。

それからしばらくして、ようやく頂上まで登った悠汰。目の前には巨大な神殿のようなものがそびえ立っていた。

その入り口のそばに一人の男性が立っている。知らない人物のはずなのに、何故か自分の中の何かが彼を知っていると騒いでいる。

「やあ、悠汰じゃないか。俺だ、アレスだ」

その人物の正体はアレスだった。現実で会ったことはないが、自分の中の何かがそう告げていた。

しかし、どうして彼もここに居るのか、悠汰の心の中でその疑問が浮かんではいたものの、口には出さなかった。

「どうやら、今居るのは俺と君だけのようだね。結構前から俺はここに居たが、誰も来る気配がなかった」
「そうだな。それで、ここの中には入ったのか?」

そうアレスに尋ねる悠汰。ぽっかりと開いた神殿の入り口。そこから入る光が、中も石造りであることを示していた。だが、その奥までは見ることは出来ない。入って中の確認をしない限りは、これが一体何のために存在しているのかは分からないようだ。

「いや、入っていないね。さすがにこんな場所を一人で探索する気にはならないよ。でも、君が居るなら大丈夫そうだな」

そう言ってアレスは悠汰に向かって、棒きれを放り投げた。1.5メートルはあろうかという長い棒きれだった。それを悠汰は強度を確かめるように何度か振るってみる。

棒が風を切る鈍い音が鳴り、多少の無理が利く堅さだと言うことが分かった。

「もし動物とかが出てきても、これで追い払うことが出来るだろう。逆上して襲いかかってこられたら、諦めて逃げるしかないがね」
「なかなか嫌なことを言うな。だが、その案には私も賛成だ。それじゃあ行こう。探してみなくては始まらない」
「ああ、そうだね」

そう言って神殿へと歩き出したアレスと悠汰。奥に行くにつれ、入り口から入っていた光が届かなくなる。徐々に視界が闇に包まれていった。

さらに内部に進むと、もはや光すら届かなくなっていた。この状況下で野犬や他の野生動物に襲われたらひとたまりもない。

そう思っていた矢先、なんと周囲の壁から緑色の炎が燃え上がり、神殿内を照らし出した。もちろん、入ってしばらく真っ直ぐ歩いていただけの悠汰達が何かの仕掛けを動かした、と言うわけではないようだ。

「一体、どういう事なんだ?」
「さぁね。俺にも分からんよ…。どうなってるのか、見当も付かない」
『ようこそ、蒼樹悠汰とアレス』

どこからともなく女性の声が響き渡った。とても穏やかな、慈愛に満ちた声。だが、悠汰達が周りを見渡しても、声の主はどこにも見当たらない。

「誰だっ!?」
『私はマーテル。さぁ、もっと奥まで来てください…。炎があなた達を導いてくれます』

マーテルと名乗った声が言うとおり、足下を緑の炎が神殿の奥へ導くように走る。悠汰とアレスは、これは何かの罠ではないかとお互い目配せをするが、あてもなく歩き回った方が危険かも知れないと判断し、大人しく声に従って動くことにした。

程なくして神殿の最奥部に入った悠汰とアレス。そこは先ほどまでとは打って変わって吹き抜けになっており、天を貫かんばかりに幹を伸ばし、枝葉を伸ばした大樹が祭壇に根を下ろしていた。そして、その両脇には二人の女性の姿があった。

「ようこそ、精霊界へ。私はマーテル。この大樹、いいえ、世界樹に宿る精霊です」
「私はノルン。マーテルと同じく、世界樹に宿る精霊です」

二人の女性はそう言って、悠汰とアレスの前まで一瞬で移動していた。精霊と言うだけあって、その美貌は人間のものとは露とも思わせない、まるで高名な芸術家が全身全霊を賭して作り上げた女神像のようであった。

マーテルの表情は常に慈愛に満ち、地母神と言われたらそのまま信じ込んでしまいそうなほどの母性があった。一方のノルンはというと、今は笑みを浮かべているものの、厳格な精霊を思わせるような雰囲気を漂わせ、マーテルとは対局の位置に存在するような感じがあった。

「こんなところに呼び出してしまって申し訳ありません。ですが、あなた達を見込んでお願いがあるのです」
「あなた達には六つの世界の歴史を守って欲しいのです。六つの世界を知っている、あなた達にこそ出来ることなのです」
「どういう…事だ…?」
「六つの、世界…?」

ノルンが言った六つの世界。アレスと悠汰達は全くピンと来ず、首を傾げる。それ以前に全く説明がないままに歴史を守れと言われて、二人は困惑していた。

「説明が不足していましたね。私たちが言う六つの世界とは、あなた達がファンタジア、デスティニー、エターニア、シンフォニア、アビス、リバースと呼んでいる世界です。その歴史を見てきたあなた達ならば、この世界の歴史を守れる。だからこそ、あなた達をこの世界に呼んだのです」
「この六つの世界の歴史を変えようと動いている者達を退け、世界の歴史を正しく運行させる。これがあなた達を呼び出した理由なのです」
「は、はぁ…」
「いまいちピンと来ないね。歴史を正しく運行するとか、何かの拍子で歴史が変わってしまうかも知れないじゃないか」

そう言って吐き捨てるアレスと、未だに困惑したままの悠汰。だが、その困惑もノルンが放つ言葉によって、一瞬で打ち砕かれることとなった。

「それが、人為的に行われるとしたら…どうしますか? そして、それを行っている人物が、あなたのよく知っている人物達であるとしたら…」
「「!?」」

予想だにしない言葉であった。彼女達の言っていることが、冗談など一切混じっていないことは分かっている。

だが、自分たちが知っている者達がそれを行っているなど、誰が予想したであろうか。

「あなた達ならば、彼等を止められる。そう言うことです。だからお願いです、力を貸していただけないでしょうか?」
「偽りなど、私たちは言いません。お願いします、力を貸してください…」

二人の精霊は揃って頭を下げた。悠汰とアレスは互いの顔を見た後、視線を空に向けながらしばらく考え込んだ。そして、何かを決めたかのように真っ直ぐに二人に視線を向ける。

「分かった、私で良いなら力になろう。どうしたら良いんだ?」
「俺も力を貸すよ。まあ、何をしたらいいのかは分からんがね」
「ありがとうございます! 大丈夫です、あなた達はまだ戦いの経験がありません。だから、あなた達にはこれから修練の平野で、戦闘の指南役に戦い方を授けて貰います」
「歴史を食らう魔物を蘇らせないためにも、あなた達の力が必要です。頑張ってくださいね」
「何!?」
「どういう事だ!?」

ノルンが継ぎ足した言葉に、アレスと悠汰は目を剥いて驚いた。歴史を変えるだけならまだしも、そのような化け物が居るとは思っていなかったのだから。

「それも含めて、あなた達に戦って貰います。歴史を変えると言うことは、その化け物を蘇らせてしまう、と言うことなのですから」
「まあ、マーテルやノルンの言うことなのだから…本当なのだろう」
「仕方ないね、頼まれた上に力になると言ったんだから」
「重ね重ね、ありがとうございます。では、修練の平野に転送しますね」

そう言ってマーテルは、悠汰とアレスの足下に魔法陣を作り出した。魔法陣の光が徐々に強くなり、やがてそれは巨大な光の柱となる。

彼等の視界は、その強烈な光で白く塗りつぶされていた。徐々にそれが集束していき、細い柱になる頃には彼等の姿はそこにはなかった。

彼等を見送ったノルンとマーテルは、お互いその笑顔を消すことはなかった。


白かった視界が色を取り戻した。目の前に広がるのは、広大な平野だった。足下は剥き出しの地面ではなく、若緑色の雑草でおおわれていた。

「ここが修練の平野…」
「そう、ここでしばらく、君たちは俺と戦い方を覚えて貰う」

アレス達が振り向くと、そこに立っていたのは白いコートを身に纏い、腰に長剣を提げた赤髪の長身の男性だった。

「初めましてだね。俺はアスベル・ラント。マーテル達に君達の訓練を任されている。時間もあまりないから、少し厳しくなるが、構わないかい?」
「もちろんだ!」
「ああ、時間があまりないなら仕方ない。よろしくお願いするよ」
「分かった。二人とも、きっちりついてくるんだぞ」

こうしてアスベルによる、地獄の訓練が始まった。徒手空拳による戦闘を選んだアレスは、何度も大地に転がされ、身体には無数の打撲傷が刻まれていた。
一方の悠汰はと言うと、槍の二刀流をやりたいと申し出て、アスベルに槍の扱いを学んでいた。

けいこの時は何度も彼につつき回され、アレスと同じく身体に無数の打撲傷が刻まれていた。

数日間、朝も夜もこのような訓練が続いた。血反吐を吐くような訓練ではあったが、その成果もあり二人はその辺に現れる魔物くらいなら軽くあしらえる程度に成長していた。

かくして、世界の歴史をかけた戦いが幕を開く。様々な思いが渦巻くこの戦い、果たしてどんな結末を迎えるのか…、それは誰も知らない。
16/04/06 23:44更新 / レイガ
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