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竜の章第三話:魔竜 2
「ぃいやああああああああああああああ!!!!」

裂帛の気迫とともに放たれた一撃が、膨張する火球を切り裂く。灼熱の炎は火炎桜の刀身を包み込み、巨大な炎の刃となっていた。

「そっくりそのまま、あんたに返すわよッ!!」

着地した桜花は、返す刃で炎の剣を振り抜く。放たれた灼熱の火球は、発動時の威力そのままに魔竜の防御障壁に直撃し、大爆発を引き起こした。
火球を放った火炎桜は、元の刀身に戻る。その切っ先を地面に突き刺し、桜花は魔竜を見据える。
最上級火属性魔術であるノヴァブラストをその身に受けた魔竜は、自分の竜鱗すら防げない紅蓮の炎に焼かれ、絶叫を上げていた。障壁すら貫いたその炎が、ノヴァブラストの威力を物語っていた。

「障壁が砕けた! 今なら!」
「サイファー、あれをやるわよ!!」
「OK!」

桜花とサイファーは頷きあうと、彼の影に火炎桜を突き刺す。
二人の行動を見て、即座に魔竜は次なる術の詠唱に入った。その速度は、先ほどのノヴァブラストを放った時と同等である。

「我が影よ、かの者の剣に宿れ!」
「魔を切り裂く黒き剣となれ!」
「「斬魔、桜影閃!!」」

魔竜が術を完成させるよりも早く、サイファーの影を纏った火炎桜を、神速と呼ばれる移動術を使って懐に潜り込んだ桜花が、何度も振るう。
火炎桜の軌跡をなぞるように、漆黒の剣閃が魔竜の体を斬り裂いていく。今度は確実に鱗だけではなく、肉を斬り裂く感触があった。
桜花とサイファーの技により術を中断され、さらに自分よりはるかに小さな存在である彼等にここまでの傷を負わされた魔竜は、怒りによって瞳の色が深紅に変わる。その怒りは、まるで煮えたぎるマグマのようだ。
瞳の変色に呼応して、魔竜の鱗の色も闇色から血のような紅へと変色する。そして、凄まじい熱気が周囲を支配していく。

「さっきまでが本気じゃなかったようね…」
「ああ、むしろこれからが本番ってやつだな…!」

桜花達は、先程以上に気を引き締める。一瞬でも気を抜けば、自分達に死が降りかかる。
彼らの気迫を知ってか知らずか、魔竜は翼を広げて憤怒を込めて咆哮する。その振動は再び、魔竜洞を揺るがしていた。

「来たれ、天を貫く影の摩天楼! シャドウスクレイパー!!」

サイファーは自身の影を魔竜の影へと伸ばし、漆黒の槍を生み出した。だがそれは、槍と言うにはあまりにも太く長大な、摩天楼と言うのが正しいものだった。
巨大な槍に突き上げられた魔竜は、大きくその体を後退させる。防御障壁が砕けた今、自身を守るのは己の竜鱗と魔術に対する耐性のみだ。
後退した隙を見逃さず、再び神速を使って桜花は魔竜との距離を詰める。そして体を一回転させて勢いをつけ、大地がめり込むほどの踏込と共に火炎桜を振り抜く。

「焔桜十字閃!!」

横一文字に放たれた剣閃が魔竜の体を斬り裂いた。飛び散る火の粉が、まるで桜のように周囲に飛び散る。
先程の一撃の勢いを殺さず、今度は縦一文字に火炎桜を振り下ろす。
縦の剣閃と合わさり、巨大な十字の傷跡が魔竜の体に刻まれた。竜鱗の持つ硬度を、桜花の火炎桜の切断力が凌駕していた。
桜花とサイファーの連撃を受け、絶叫を上げながら、魔竜はのた打ち回り、狂ったように乱舞するその尾が魔竜洞の岩壁を叩いていた。

「マジで集中を切らしたら、命が無いってやつだな…!」
「あ、改めて言わせるんじゃないわよ! あんたの攻撃があまり通用しないから、私が攻撃するしかないんだから!」
「まあ、そう言うな。って、うおおおおお!?」

自分ばかりが働かされていると怒り狂う桜花をなだめようとするサイファーの頭上を、死の光が駆け抜けていく。
光が飛んできた位置に目を向けると、そこには今まで見たことがないほどに凄まじい光を口内に集めている、魔竜の姿があった。
そして、死の光が放たれた。
先程まで放たれていた死の光よりも、さらに太く、さらに濃い密度のそれは桜花達に向かって疾走する。
その光は、避けるにはあまりに範囲が広すぎた。目を焼くほどの光の前に、サイファーは影に潜ることすらできず、桜花は向かってくる絶対的な死の前に走馬灯が見えていた。

「まだ死を覚悟するには早いぞ、小娘と半魔」

どこからともなく、凛とした声が響き渡る。
次の瞬間、桜花達の目の前に五本の狐の尻尾を生やした妙齢の女性が現れた。
女性が右手を振るうと、こちらに襲い掛かる死の光が一瞬にして消滅する。

「ちょ!? 打ち消したの!? あれを!」
「何を驚いている、小娘。妾の異名を知っているなら、これくらい当然であろう? のぅ、魔竜よ」
『なるほど、光焔の大妖狐か…!! 貴様も我を狩りに来たか!?』

魔竜の問いに、妖狐―朔夜は凶悪な笑みを浮かべる。

「馬鹿を言うな。妾は貴様などには興味などない。妾が統べるべき、このルミナシアを貴様ごときに焼かれるのが気に食わんだけよ!」
「あんた…! 旦那様に叩きのめされておきながら、まだそんなことを!」
「黙れ、愚か者。妾が矮小な貴様らに力を貸すと言っておるのだぞ。ほれ、礼の一つくらいないのか」
「ありがとうございます、朔夜様。恥ずかしい話、俺達じゃどうにもなりませんでしたから」

即座に礼を言ったのは、サイファーだった。現状彼女の援護が得られるほど、心強いものはない。
サイファーに続いて、桜花が礼を言うはずだった。だが、彼女は視線を逸らして、一向に言う気配がなかった。

「ほほう、妾の助力は無用と言うことか」
『何をがたがたとおおおおおお!!』

猛り狂う魔竜は、その巨大な爪で朔夜を引き裂こうとする。だが、彼女の五本の尾がそれを食い止める。
魔竜の爪を受け止め、不機嫌そうな表情でそちらの方を向くと、左手を前に突き出す。次の瞬間、巨大な魔法陣が発生する。

「来たれ、破邪の業火。驟雨となりて、かの者を焼き尽くせ。シャイニングブレイズ」

朔夜の詠唱が完了し、術が起動した瞬間、魔法陣から閃光を纏った細かい火炎弾が、まるで豪雨のように魔竜の体に殺到する。
魔竜に着弾した火炎弾は、次々に小規模な爆発を巻き起こす。塵も積もれば何とやら、一発一発の規模は小さくとも、それが豪雨のように襲い掛かるため、結果として凄まじい規模の爆発となる。
無数の火炎弾を受ける魔竜は悲鳴を上げるが、爆音がそれをあざ笑うかのようにかき消していった。

「これはおまけじゃ、受け取るがよい。咲き乱れよ、烈火の華。クリムゾンフレア」

魔法陣を消し、今度は両掌に巨大な火球を生み出すと、朔夜はそれを無造作に魔竜に向けて放り投げる。
先程の魔術の威力に魔竜が怯んでいるところに、一瞬間を置いて巨大な火球が着弾する。次の瞬間、誰もが見惚れるような紅の華が二つ咲いた。大きく開いた花弁が、周囲に凄まじい熱波をまき散らす。
紅蓮の華がまき散らす膨大な熱量は、魔竜の持つ魔術耐性を容易く焼き尽くし、その堅牢な竜鱗を融解させていく。
だが、その余波も凄まじいものだった。
無差別にまき散らす熱波は、桜花達にも襲い掛かってくる。朔夜が張っている魔術結界のおかげで消し炭になることは無いが、その熱までは遮っていないのか、気を抜けば一瞬で体の水分が蒸発しそうになる。

「やっべぇ、これ……魔竜の攻撃じゃなくても死ねる!」
「ちょっとあんた!! こんなくそ狭い洞窟で、何シャレにならない魔術をぶっ放してるのよ!!」
「そのような些細なことはどうでもよいのじゃ。妾が聞きたいのはな、小娘よ。そなたの妾への賛辞じゃ。まだそなたからは聞いておらぬのじゃ」

そう言って、実に陰湿な笑みを浮かべる朔夜。その陰湿さを表すように、五本の尻尾は楽しげに揺れていた。
この陰険狐、と今すぐにでも牙を剥きたくなる桜花だが、刃向えば確実に魔術結界を解除することだろう。そうなれば、一瞬で消し炭である。
ぎりぎりと歯を食いしばりながら、桜花は朔夜に視線を合わせると、口を開く。

「……………います、……夜さ……」
「んん〜〜? 聞こえんなぁ〜〜〜〜?」

さらに意地悪く頭頂部の耳に手を添えて、桜花の方へと首を傾げる朔夜。だが、こちらに攻撃が飛んでこないようにけん制の魔術を幾重にも発生させ、魔竜に攻撃の隙を与えない。
朔夜のけん制魔術によって響く爆音で、さらに声が届きにくい状況。桜花は意を決し、腹の底に力を入れる。

「ありがとうございますッッッッ!!!!! 朔夜様あああああああああ!!!!」
「くはははははははは!! よかろう! 今のそなたの顔、妾にとっては最高の顔じゃ!」

桜花の渾身の賛辞を受け、朔夜は魔術結界の強度を上げる。次の瞬間、周囲を覆っていた猛烈な熱気が嘘のように消え去った。
呼吸するのも苦しいほどの熱が消え、桜花とサイファーは一息つく。

「さて、小娘の可笑しな顔を拝むことが出来て、妾は満足じゃ。と言うことで、だ。魔竜よ。光焔の大妖狐として、貴様を始末させてもらう。興味はないが、この小娘が死なれては、妾の愛しの君が悲しむのでな…」
『ふん、やはり如何な大妖狐でも、女は女か。男に惑わされおって…!!』
「その言葉、後で後悔するがよい…。して、小娘よ」
「何よ?」
「今のその刀では、魔竜は倒せぬよ」

朔夜が言った言葉に、桜花は眉を吊り上げる。
今まで長年愛用し続けてきた火炎桜では、魔竜を倒せない。彼女が言った言葉は、桜花のプライドの致命的な部分に傷をつけた。

「あんた、冗談言ってると先に首を切り落とすわよ?」
「今は、と言っておるであろう。血の気の多い奴め。もう一度その刀で魔竜を斬れ。そうすれば、面白いことになる。そこまでの道は、妾と……そこの半魔」

朔夜は、ずっと蚊帳の外に居たサイファーに視線を向ける。

「は? 俺ですか?」
「そなた以外に誰が居ると言うのだ。妾の手助けが出来るのだ。光栄に思うがよい」
「分かりました…」
『喋っている暇などあるのかッ!!』

魔竜の怒号と共に、その後方に生成されていた光球から無数のレーザーが襲い掛かってくる。
こちらに飛んでくるレーザーを、朔夜は腕の一振りでそれをかき消していく。

「今じゃ、動きを止めよ! 半魔!」
「了解! 食らえ、ファントム・グレイプニル!!」

朔夜の合図を受け、サイファーの全力を込めた鎖が魔竜の体をがんじがらめに拘束する。
連発を想定していないこの絶対拘束の影術、二度目でも効力は落ちていない。それどころか、一度目よりも拘束力が増している。だが。

「サイファー、あんた……!!」
「馬鹿野郎、俺にもプライドってもんがあるんだよ。この体が千切れても、俺はこの鎖を緩めたりしないからな!」

一度目の展開でかなりの生命力を消費しているにもかかわらず、二度目の全力展開。サイファーの体は悲鳴を上げていた。
今にも気絶しそうなほどの頭痛と、立っていられないほどの脱力感。そして、全身から血がにじんでいた。はたから見ても、彼の限界を超えている。
サイファーの心配をする桜花を見て、朔夜は冷徹なまなざしを向ける。

「この半魔の働きを無にするつもりか、小娘。さあ、次はお前の番じゃ」
「ぐ…ッ!!」

血が出るほど唇を噛み締め、意を決した桜花は火炎桜を肩に担ぎ、全速力で魔竜へと突撃する。
だが、これ以上近付かせまいと、魔竜は拘束されている中、桜花の頭上へ無数の雷を落とす。

「そのような小細工で、この娘の邪魔はさせぬ」

そう言って朔夜は、桜花の周囲に防御結界を二重に張り巡らせる。これによって、桜花目がけて落ちてくる雷撃が全て結界の周囲に触れた瞬間、あらぬ方向へと逸れる。
魔竜の目前まで走り抜けた桜花は、担いでいた火炎桜を思い切り振り下ろす。
振り下ろされた紅蓮の刃は、融解している魔竜の竜鱗を砕き、その肉を斬り裂いた。すると、火炎桜を目も眩むような輝きが包む。

「な、何よ? この刀は…!」

先程までの完全開放された火炎桜はそこにはなく、峰にまるで竜鱗が生えたかのような紋様に、荒れ狂う炎をそのまま刃にしたような刀身を持つ刀がそこにはあった。
銘も知らぬ刀のはずなのに、桜花の頭にはこの刀の銘がはっきりと浮かんでいた。まるで、最初から知っているかのように。

「斬竜刀、烈火桜……!」

畏怖するように、桜花はこの刀の銘を呟いていた。
14/11/22 23:59更新 / レイガ
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