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竜の章第三話:魔竜 1
ここで余談であるが、ドラゴンや竜とは様々な世界において強大な力を持つ存在として君臨している。
この世界、ルミナシアでもそれは例外ではない。
ただの火竜一体に対し、小国の騎兵隊全てを賭けて討伐したと言う逸話すらある。
その火竜を凌駕する存在が、幸屋の伝承に語られている魔竜だ。
凄まじい魔力を持ち、その吐息は形あるものすべてを焼き尽くすとまで言われている存在。それが魔竜だ。
一人の人間と半魔の目の前に、四足歩行の伝説はその姿を現していた。
漆黒とも闇色ともつかない竜鱗に、両足には巨大な爪が。見上げるほどの巨大な体躯からは今にも逃げ出したくなるほどの、強烈な威圧感を放っている。
無数の剣のような牙が生えそろった口が開かれ、洞窟内を揺るがすような咆哮が響き渡る。

「〜〜〜〜〜〜〜!!」
「う、うるさ……!」

鼓膜が破れかねないその大音量の方向をひとしきりあげた後、魔竜はその瞳を二人に向けた。
その視線は蛇に睨まれた蛙のように、二人の身動きを封じた。魔竜から向けられた視線からは、それほどまでの殺意が込められていた。

『人間か…。それも、その臭い……。貴様、幸屋の巫女だな。覚えているぞ、その忌々しい臭い…。我を封じ、この穴倉に閉じ込めた者達の臭いだ』
「遥か昔のことを未だに覚えているなんて、竜っていうのは結構執念深いのね。なんにせよ、あんたを討伐しに来たわ。幸屋の巫女としてね」

魔竜に対し、強気に出る桜花。だがその膝は魔竜の殺意に反応し、今までにないくらいに震えていた。自身の強気な性格が無ければ、今頃腰を抜かしていただろう。
桜花の態度を魔竜は鼻で笑い飛ばす。自身よりもはるかに矮小(わいしょう)な存在に対し、苛立ちなど微塵も感じていないようだ。

『愚かな。我が吐息を受ければすぐに消滅するような矮小な存在が我に挑もうなど、命知らずにもほどがある。自殺を望むのならば構わぬがな。今すぐにでも、消し飛ばしてくれる!』

再び咆哮を上げ、二人を睨みつける魔竜。向ける視線は、威嚇程度の殺意ではなく、正真正銘の殺意が込められていた。
魔竜の本気の殺意を受けた桜花とサイファーは、まるで全身に鉛を付けられたかのような凄まじい重圧が襲い掛かる。
魔竜の気に呑まれまいと、桜花は自分の膝を思い切り叩く。そして腰に提げている妖刀、緋桜を抜き放ち、魔竜に向かっていく。

「出し惜しみなしよ! 換装奥義! 乱舞・百花繚乱!」

桜花は魔力を集中させると、魔竜の巨体を何度も緋桜で斬り付ける。さらに、炎を纏った一撃を放ち、一瞬のうちに槍に持ち替える。
槍に持ち替えると同時に強烈な踏込とともに、まるで槍が分身したかのような無数の突きを放つ
とどめとばかりに一度距離を取り、槍から弓に持ち替える。霊力と魔力、両方を込めた光の矢を番え、魔竜の胸部目がけて放つ。
飛来する光の矢は、魔竜の胸部に直撃し、大爆発を起こす。爆発した場所から煙が立ち込め、魔竜の姿を覆い隠していた。
強烈な威力の技の応酬ではあったが、桜花の表情は晴れなかった。手ごたえが明らかにおかしい。

「やったか!?」
「馬鹿、サイファー! それはやってないってことよ!」

サイファーのセリフに、桜花は刀の鞘で彼の頭を叩いて突っ込みを入れる。その次の瞬間、煙を貫いて巨大な光の柱がこちら目がけて襲い掛かる。
間一髪のところで桜花達は光の柱を避けることが出来たが、避け切れなかった衣服の端は光の柱に飲まれ、その部分が完全に消失していた。
光の柱が直撃した岩壁は、その周囲を溶岩のように泡立たせ、風穴を開けていた。
煙が晴れ、姿を再び現した魔竜の口には、先ほどの光の残滓が漂っている。

「嘘でしょ。霊力で保護された服が…!」
「なんつーか、一発でも食らったら即お陀仏だぞ、これ」
『無駄話をしている余裕があるのか。消え失せい!』

魔竜が息を吸い込むと同時に、口内で凄まじい光が集束する。
集束する光を見て、桜花達は背中に悪寒を感じた。先ほどの光の柱は、これだったのか。
魔竜の口から、再び光の柱が放たれる。今度は直線ではなく、首を振るって薙ぎ払うようにそれは放たれた。
直撃すれば間違いなく即死の光の柱を、桜花達は全速力で射程から離れようとする。

「ここは、飛ぶしかない!」
「俺はお前の影の中に隠れるぞ!」
「この際やむなしね! 行くわよ!」

地面を蹴り、桜花は飛翔術を展開する。その間に、サイファーは影術を起動し、桜花の影の中へと沈み込む。
魔力により浮遊した彼女は、光の柱を潜り抜けると同時に急転換。加速しながら魔竜へと突撃する。
まだ光の柱を放ち続ける魔竜は、急転換をしてこちらに突撃する桜花に対し、前脚の爪で叩き落とそうとした。

「はあああああああああああ!!!」

脚先に魔力を集中させ、桜花は文字通り空を蹴る。そしてさらに加速する。
緋桜を大上段に構え、鱗の無い腹部を狙って空気を思い切り踏みつけ、渾身の力で刀を振り下ろす。

「凄覇ぁ!! 裂空断!!」

空を断つ凄まじい剣圧が、魔竜目がけて駆け抜ける。桜花が今打てる技で最も威力の高い技である。
だが、桜花の渾身の一撃は魔竜の腹部に直撃するも、薄皮一枚切り裂いた程度に留まっていた。
自分の攻撃が通用しない。その絶望感に包まれようとしたその時、桜花の体に凄まじい衝撃が走り、気が付けば岩壁に叩きつけられていた。

「はぁうっ!?」
「桜花ぁ!!」

桜花が叩きつけられた岩壁から、サイファーがはいずり出てくる。そこへ空を切り裂く鈍い音を立てながら、鞭のように尻尾が襲い掛かる。
尻尾が直撃する前に、サイファーは全力で影の盾を展開。その攻撃を防ぐが、その凄まじい衝撃は、彼の影の盾を激しく軋ませる。

「ぐぐぐ……!!」
『無駄だ。そのまま砕け散るがよい!』

魔竜は一旦尾を引くと、先ほどよりさらに勢いをつけて尾を振り抜く。
猛烈な勢いで魔竜の尾はサイファーの影の盾に直撃する。その衝撃で、盾は亀裂が走ると同時に砕け散る。しかし、サイファーは笑っていた。
尾に違和感を覚えた魔竜は、一旦尾を引こうとするが、全く動かない。それどころか、何かが突き刺さっている感覚がしていた。

『なんだ、これは…!』
「好都合だ。イージスをぶち壊したお前には、これが使えるんだからな」

なんと、魔竜の尾にサイファーの足元から現れた黒い鎖が絡みついていた。しかも、その鎖には無数の鋭い棘が生えている。
鎖から生えている棘は、魔竜の鱗すらも貫いていた。それによって鎖はただ縛り付ける以上に強力な拘束力を誇っていた。

「ファントム・グレイプニル…!! 絶対拘束のこの影術、振り解けるなら振り解いて見せろ!」
『だが、尾だけでは我が動きは…!? 馬鹿な…!!』

気が付けば、魔竜の全身を尾に巻き付いていたものと同じ鎖が絡みついていた。徐々にその鎖が体に食い込むように締め付けてくる。
一方のサイファーは、ファントム・グレイプニルの全力展開によって、凄まじい頭痛と脱力感に苛まれていた。
生命力を犠牲にして行使する影術を全力で展開すれば、その分命を落とす確率も高まる。
自分の命を犠牲にしてまで、サイファーは影術を全力展開していた。全ては、彼女を守るために。

「こいつでの時間稼ぎも、長くもたねぇかもしれないな…!!」
『グオオオオオオオ…!!』

魔竜は体に力を込めると、自分に巻き付いている鎖を無理矢理引きちぎろうとする。竜の力を以てしても、この鎖をちぎるのには時間がかかるようだ。
鎖が軋むごとに、サイファーの体も悲鳴を上げていた。自身の影で構成されている以上、鎖にダメージが入れば、自分にもそれが返ってくる。

「ぐあ、があああああ……!!」
『千切れろぉ!!』

魔竜が咆哮を上げ、体を動かそうとした瞬間、自身の尾が半ばから両断されていた。
一瞬の沈黙の後、魔竜は悲痛な叫び声を上げる。一方のサイファーも、何が起こったのかが全く理解できていなかった。

「なんだ……!?」
「出し惜しみは無し。私はそう言ったはずよ」

サイファーの横に一瞬で現れたのは、先ほどまで岩壁に埋まっていたはずの桜花だった。その右手には緋桜とは違う、炎を刀身に宿した一振りの打刀だった。
打刀を鞘に納めると、桜花はそれを腰から鞘ごと引き抜く。そして、それを前へと突き出した。

「霊鎖拘束解除。刀身完全展開。起きなさい、火炎桜ぁ!!」

桜花は絶叫とともに、それを鞘から引き抜く。打刀だったはずのその刀は、刀身が桜花とほぼ同等の長さを誇り、普通の刀と比べるとやや幅広の刀身になっていた。
緋桜と同じ妖刀。銘を火炎桜というその刀は、緋桜よりも長く桜花が愛用していた大太刀だった。
火炎桜が真の姿を現したと同時に、桜花の長い黒髪が淡い桜色へと変化する。今まで抑制されていた火炎桜の力が一気に解放されたことによって、一時的に起きた現象である。
普段の中段の構えから、肩に刀身を乗せ、担ぐような構えへと変える。

「サイファー、援護を頼むわ。知ってると思うけど、普段のような細かい動きは出来ないから」
「良いぜ、俺の最大限のフォローをやってやる。食らえ、スパイククリーパー!!」

サイファーは魔竜を縛りつけていた鎖を解除し、今度は自身の影を伸ばし、そこから生える無数の棘で魔竜の動きをけん制する。
サイファーの影術が起動したと同時に、桜花は足に力を込め、一気に踏み出す。その瞬間、彼女の姿がその場から完全に消えていた。地面にすり鉢状の穴を残して。
瞬きの間に、桜花は魔竜の横っ腹へと姿を現す。そして、肩に担いでいた火炎桜を一気に振り下ろした。
火炎桜の刃は魔竜の鱗を切り裂き、その柔らかい腹部へと到達するかに思えたが、鱗よりも硬質な感触を覚え、即座に桜花は魔竜から離れる。

「インチキにもほどがあるわね、この竜…!」
「術に対して障壁を張りやがった! 物理的な攻撃も防ぐおまけつきでな!」

サイファーが言うとおり、彼が放った術も、魔竜の足元で発生することもなく消失していた。
魔竜のみが保有する魔法障壁は、物理的な攻撃も、魔術に対しても高い防御力を誇る強大な障壁である。それによって、桜花達の攻撃は阻まれたのである。
まさに難攻不落の要塞と化した魔竜は、通常では考えられない速さで術を紡いでいく。辛うじて聞き取れた術式の一部を耳にし、桜花達は背筋に嫌な汗が流れる。

『砕けて消えろ! ノヴァブラスト!』

術の完成とともに、中空に超高温の灼熱の球体が発生する。それは徐々に膨張を始め、周囲に強烈な熱風をまき散らしていた。
火炎桜の力によって、ある程度の火属性魔術に抵抗のある桜花ではあるが、これほどの火属性魔術に対しては、焼け石に水も同然だった。じりじりと火炎桜の障壁が焼け崩れていく。
一方のサイファーは影の中に潜り込むが、それでも灼熱の熱風は影の中でもその熱で彼の体を苛む。あまりの熱は、彼の水分を全て蒸発せんと襲い掛かってくる。

「ぐううううう…!!」
「ここで、終わるわけには……!!」
「あれが、破裂する前に…ッ!!」

桜花は再び火炎桜を肩に担ぐと、自分の前方に障壁を全力で作り出し、今なお膨張を続ける火球目がけて飛翔する。
火球よりもさらに高く飛び上がると、頭を下に向け、空気を思い切り蹴って急降下する。
14/11/22 23:59更新 / レイガ
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