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竜の章第二話:現れる者たち 2
近くの岩陰から少年のような声と共に、浮かび上がるようにして一人の人物が現れる。その恰好は、サイファーと同じ影術師が纏う装束を纏っていた。
その人物の姿を見て、サイファーは嫌悪感をあらわにした表情を浮かべた。

「やはりお前か、リュエス。気配が隠しきれてないぞ」
「黙れ! 人間に手を貸す、影術師の面汚し! ルフレだってそうだ。なんだって人間なんかと一緒に居るんだ!」
「魔物の方に傾いてるお前じゃ、一生かかっても理解できねぇよ。俺達も半分は人間なんだからな」
「五月蠅い五月蠅い! 俺は影術師なんだ! 薄汚い人間の血なんか捨てて、俺は魔物として生きるんだ!」
「お子様が…! なんにせよ、邪魔するな。魔竜が実在しているのかもしれねぇんだからな!」
「幸屋の巫女なんかに手を貸すお前なんか、俺の敵だ!! 叩きのめしてやる!」
「…何、このお子様」

まるで駄々をこねている子供のような、事実、はたから見れば駄々をこねている子供とその対応に困っている大人の図がそこにあった。
桜花は今斬りかかればそのまま倒せるのではないだろうかと思い、刀の柄に手を伸ばそうとするが、金縛りにあったかのように動かない。

(どうなって…!?)
「動くなよ、幸屋の巫女。動けば、さっきサイファーがやったように、体の中からハリネズミにするぞ」
「あいにくね。動けないんだけど…!」
「そりゃそうだ。俺が止めたんだから」

さらっと重要なことを言うサイファー。あまりにも意外過ぎて、桜花の頭の回転が一瞬停止する。彼女に脅しをかけているリュエスも一瞬思考が停止した。

「あ、あんた! どういうつもりよ!」
「俺の影術師としてのプライドだな。いや、半分だけある人間としての、か。だから桜花、お前の影を縛らせてもらった。まあ、来いよ。リュエス。真っ向勝負で戦ってやるよ」
「言ったなあああああああ!!」

サイファーの挑発に乗ったリュエスは、自分の影から一本の剣を作り出し、彼に向かって襲い掛かる。
迎え撃つサイファーは、こちらに向かってくるリュエスの足元に視線を合わせると、一度だけ足を踏み鳴らす。次の瞬間、リュエスの足元から無数の影で作られた槍が出現する。
突如として現れた影の槍を、リュエスは剣を一振りしてその全てを切り裂く。そのまま飛び上がって、サイファーの頭めがけて影の剣を振り下ろす。

「イージス・ファントム!」
「なっ!?」

振り下ろされる影の剣を弾いたのは、サイファーの影から生み出された巨大な盾だった。絶対防御の名に違わぬその影の盾は、たやすくリュエスの剣を弾いたのだ。
盾を生み出した影は、すぐにサイファーの元へと戻る。同時に、彼はすでに別の術式を完成させていた。

「ブラックスライサー!」

影術が起動し、魔法陣が展開されると同時に無数の黒い刃がリュエスに襲い掛かる。
先程の槍と同じように、リュエスは黒い刃を切り払おうとするが、そのあまりの物量を捌くことは不可能だった。打ち漏らした刃が彼の体を切り裂いていく。

「うああああああ!!」
「黒雷よ、来たれ! ブラックボルト!」

追撃とばかりにサイファーが放った黒い雷が、リュエスの体を貫く。彼の体を黒い雷光が走り、体がけいれんする。そして、そのままリュエスは地面に倒れ込んだ。
あまりにも一方的な光景だった。自分は弱いと言うのを公言していたサイファーが、これほどに強いとは、桜花は想像もしていなかった。

「あんた、自分が弱いって言ったの、ただの冗談でしょう?」
「いや、弱いぞ。俺がここまで一方的に戦えるのは、リュエスがまだまだ未熟者の影術師だからでな。もしあいつが半人前だったら、負けていた」

桜花の質問に苦笑いしながら答えるサイファー。彼の視線は、倒れ込んでいるリュエスに向けられていた。

「おい。倒れて油断したところを攻撃しようと思っているなら、お前は俺と同類になるぞ。暗殺が主な俺を汚いと言うのなら、真正面から来い」
「ぐぅぅぅ、だったらぁ……!!」

サイファーにやろうとしていることを見抜かれ、顔を真っ赤にしながら立ち上がるリュエス。その表情は、先ほどの子供のような怒りではなく、魔族たちが見せる怒りの表情だった。
リュエスから延びる影は、先ほどの人間の形ではなく、彼に流れる魔族の形に変わる。

「俺の全てを賭ける! 来たれ、不敗の剣の影! デュランダル・ファントム!!」

術の完成と共に、リュエスの右手に漆黒の剣が現れる。先ほどまで使っていた剣ではなく、それはどこかの神話から引っ張り出したかのような剣だった。
作り出された剣を見て、サイファーは一瞬だけ目を見張っていた。だが、すぐに無表情に戻る。

「これで、終わりだぁっ!!」
「腕は上がったが、まだまだ半人前以下だな」

再度斬りかかってくるリュエスに対し、サイファーは再び巨大な影の盾を作り出す。
リュエスの無数の斬撃は巨大な影の盾に阻まれ、サイファーに届くことはなかった。リュエスは目の前にある巨大な盾に対し、焦りの表情で何度も斬り付ける。
盾の向こうで、サイファーは術式を組み上げていた。その口からこぼれるのは、先ほどリュエスが使った術式と同じ呪文だった。

「来たれ、不敗の剣の影。我が名を以て現れ出でよ! デュランダル・ファントム!!」

サイファーが展開していた巨大な盾が消えると同時に、彼の手にはリュエスと同じ影の剣が握られていた。
自分が作り出したものと全く同じ。否、それ以上の精巧さをもって生み出されたその剣を見て、リュエスは絶望感に包まれていた。
目の前に居る男は、断じて暗殺などの姑息な手でしか戦えない存在ではない。自分が行使できる影術を涼しい顔でやってのける魔人であると、リュエスの中でサイファーの認識が改まっていた。

「お前、そんなにすごい奴だったのか……!?」
「ルフレの奴よりは格下だ。奴が天才なら、俺はただの秀才だ。影術師の中でも、その位の差がある。お前が半年かけて取得したデュランダルなど、俺からしてみたら全く未熟だ!」

サイファーの放つ一撃が、リュエスの握る剣を真っ二つに切り裂いた。音もなく折れたその影の剣は、影に戻り、彼の体へと戻っていく。
だが、影を斬られたことによって、リュエスの体は剣を斬られた時と同じ傷跡が刻まれ、傷口からは血が滴り落ちていた。
激痛により、その場に崩れ落ちるリュエス。その首筋へサイファーの剣の切っ先が突き付けられる。
剣の切っ先を突き付け、その場にへたり込んでいる少年を見下ろすサイファーの眼には、氷点下の殺意が宿っていた。

「チェックメイトだ、リュエス。このまま引き下がるなら俺は何もしない。だが、俺と桜花の邪魔をし、魔竜の力を得ようとするのならば、俺はこの場でお前を殺す。さあ、好きな方を選べ」
「ぐっ、ぐぐぐ……!!」

一応の選択肢は与えられているものの、すでにサイファーが提示しているのは、リュエスにとっては死刑宣告も同然だった。
ここで意地を張り、魔物として誇り高く死にたい。そう思ったリュエスだが、ひとりでに涙がこぼれていた。
生きたい。みっともなくても生きたい。まだ、こんなところで死にたくはない。
体の底から突き上げる衝動がリュエスを駆り立てる。刹那、彼はサイファーに背を向けるとその場から逃げだしていた。

「やっぱ、そっちを選ぶよな。分かってたけども」

逃走するリュエスの背中を見ながら、サイファーは気が抜けたように笑っていた。同時に、桜花にかかっていたシャドウバインドの効力も切れていた。
拳を握ったり、足を動かして自分の体が自由に動くことを確認する桜花。影縫いを受けて刀を握っていた手は、しばらく動かすのは困難だったが。

「あんた、本当にルフレより弱いの? さっきの術と言い、あの子供に対してのあの術と言い、弱いと言ってだましてるように見えるんだけど」
「だましてるとは失礼な奴だな。結構ギリギリだったんだぞ? あいつのデュランダルがもしもっと精巧だったら、俺のイージスが切り刻まれていたんだからな」
「あー……。もしかしてずっと真顔だったのって、ぎりぎりだったからなのかしら?」
「想像に任せる。しかし、疑うのはいいが、ちょっとは俺の心配もしてくれないかね」
「あんたが旦那様と同じくらい良い男だったら、考えてあげてもいいわよ。まぁ、天地がひっくり返ってもあり得ないけどね」

憎たらしげに笑う桜花を見て、サイファーはがっくりと肩を落とす。分かっている反応だったが、実際に見るとそれはそれで気分が落ちる。
ひとしきり笑った後、桜花達は魔竜洞の内部へと歩を進めた。二人を出迎えるのは、むせ返るような瘴気と、気が狂いそうになるほどの邪気だった。
14/11/22 23:58更新 / レイガ
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