連載小説
[TOP][目次]
竜の章第一話:幸屋の巫女
ルミナシアの片隅にあるとある寺、幸屋寺。そこに、一人の巫女が住んでいた。
巫女の名は黒鐘 桜花。魔物退治を専門にするちょっと変わった巫女である。主に刀、弓、槍に関しては武芸の達人たちが、揃って化け物と評するほどの腕前を持っている。
桜花は最近、寺の裏にある魔竜洞と呼ばれる、黒き竜が封じられているという伝承がある洞窟に、不穏な気配が漂っているのを感じていた。
 
「嫌な気配ね…。鎮めの儀を行ってもいいのだけど、もうそんな悠長なことをしてる場合でもないのかしら?」

日を追うごとに、洞窟から漂う気配は徐々に邪悪さを増してきている。もはや、放置すればいずれ何らかの影響が出るほど、その気配は強まっていた。
仮にも巫女である桜花は、鎮めの儀と呼ばれる、魔物達の魂を鎮め、狂暴化を抑える儀式を行うことが出来る。
だが、その儀式はすでに荒ぶっている魔物に対しては効果はないし、自身の霊力を超える強大な魔物に対しては無意味である。

「不便よね、この儀式も。改良しても良いのだけど、下手を打ってさらに狂暴化したら面倒だし」

自身が行える儀式について、桜花は溜息を漏らしていた。
数秒だけ思案した後、桜花は腰に提げている二本の刀の内、鞘に美しい桜が描かれている刀の柄を撫でる。

「良いや、面倒くさい。面倒なことになる前に、原因を叩きのめせばいいだけの話よね」

そう言って魔竜洞へと向かおうとする桜花。だが、彼女の周囲に、行く手を阻むかのように、黒い霧が現れる。
黒い霧が集束すると、数体の小さな魔物が現れる。その魔物は人型でありながら、顔は爬虫類のそれに近く、体は黒い鱗に覆われ、尻尾が生えていた。
魔物は手に生えている鋭い爪を打ち鳴らし、桜花を取り囲む。

「あー…、偽竜人、ね。てか、うちの境内、結界張ってあるのにどうして魔物が出てこれるのか、訳が分からないわ」

桜花の言うとおり、幸屋寺には魔物除けの結界が張られており、生半可な魔物であれば、触れるだけで即浄化。力のある魔物であっても、その力の半分以上を削り取るほどである。
そんな結界の中でも、浄化されることなく、さらには力を削られることもなく活動しているこの魔物を見て、桜花は目頭を押さえる。

「まあ、良いわ」

その言葉とともに、桜花の気配が変わる。それは巫女としての彼女ではなく、魔物を狩るものとしての彼女の気配であった。
桜花は、狂暴な笑みを浮かべながら刀を抜き放つ。「緋桜」と呼ばれるこの妖刀は、彼女が最も愛用する刀である。
抜き放った緋桜を、桜花は八相に構える。緋色のその刀身が陽光に照らされて、不気味に輝く。

「人に仇為す魔物は、この私が討ち滅ぼす!」

その言葉と共に、桜花は刀を一閃させる。風を切る音とともに、魔物達の内の一体の上半身と下半身が泣き別れをしていた。そのまま、魔物の体は黒い霧となって散る。
先程の一撃とともに、魔物達は一斉に奇声を上げて桜花に飛び掛かる。
桜花は両手で持っていた緋桜を右手に持ち替え、飛び掛かってくる魔物達の爪を捌く。時には防ぎ、時にはいなしてその攻撃のことごとくを捌いていく。

「霞桜!」

桜花が緋桜を石畳に叩きつけると、無数の光弾が魔物達を弾き飛ばす。すぐさま叩きつけた緋桜を引き、突きの体勢に入る。次の瞬間、刀であるはずの緋桜が槍の形に変貌する。
換装術。それは、魔力を用いて手にしている武器を、一瞬にして別の武器へと換装する術である。本来ならば、少々の遅延が発生するのだが、桜花が使う換装術は、その遅延を発生させることなく、一瞬で武装を換装することが出来る。

「烈火、飛龍閃!!」

桜花が突き出した槍から、龍の形をした巨大な灼熱の炎がほとばしり、魔物を一瞬で塵へと変える。
自分と魔物の距離が大きく離れているのを確認すると、桜花は飛翔術を起動して、宙へと浮かぶ。その間にも換装術を使い、槍から弓へと持ち替える。
いつの間にか腰に現れた矢筒から矢を一本抜いて番え、下で奇声を上げている魔物達に狙いを定める。
精神を集中させると、矢が巨大な光の矢へと変貌する。

「流星光雨!!」

放たれた巨大な光の矢は拡散し、無数の光の矢へと変貌する。そのまま光の雨のように寺の境内に降り注ぐ。
逃げ場すらない光の矢の絨毯爆撃によって、魔物達は一掃され、その全てが黒い霧となって散る。
飛翔術を解除し、地上に降り立つと、桜花は弓から緋桜に戻す。そのまま妖刀を、鞘へと納めた。
魔物を一掃した桜花は、張っている気を緩めた。だが、とある気配を察知した瞬間、その方向へと抜き打ちの一閃を放つ。

「さっきの偽竜人は、あんたの差し金でしょう? サイファー」
「最後まで気配を隠していたつもりなんだがな。悪いな、下らない小手調べをして」

桜花の抜き打ちの一撃は、どこからともなく現れた黒い手によって止められていた。彼女が緋桜を振るったのは、背後だった。
桜花の背後、影がある場所から一人の男が浮かび上がってくる。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「影術ね…。と言うか、私の影の中に居るとか、どういうつもりよ。気持ち悪い」
「相変わらずの毒舌だな、桜花。だが、良い隠れ場所だったぞ。何より、お前の中と言うのが…」
「影すらなくなるほどに細切れにされたいのかしら? それとも、蜂の巣? 矢のハリネズミでもいいのよ」

サイファーが続けようとした言葉をさえぎって、氷のように冷めた目で物騒な選択肢を挙げる桜花。言っていることが冗談ではないと示すかのように、緋桜を押し込む力が強くなる。

「全く、冗談が通じない巫女様だ。まあ、良いさ。魔竜洞へ行くんだろう?」
「そうよ。最近、あそこの気配が可笑しいもの。鎮魂の儀なんかもう通用しないくらいにね」
「確かにな。明らかに、何かが可笑しい。伝承で言われてる魔竜が蘇ったんじゃないのか?」

サイファーの言葉に、桜花の細い眉がぴくりと動く。
伝承で言われている魔竜とは、かつて幸屋の巫女達が総力を以て封印したとも、討伐したとも言われている竜である。
仮にその魔竜が蘇ったとしたら、幸屋寺がある地域は全て焦土と化す。幸屋の巫女として、桜花にとってはそのようなこと、見過ごせるわけもなかった。

「あんた、何を知ってるの?」
「さてね。でも、良いのか? このままで」
「何がよ」
「お前、最近今まで以上に魔物を討伐することにこだわってないか」
「ああ…、そのこと…」

人々を守るために、魔物を討伐し続けてきた桜花であるが、最近特に魔物討伐に入れ込むようになっていた。
理由は色々あれど、桜花が思い当たる節と言えば、今の寺の住職である黒鐘 柳仙(くろがねりゅうせん)が魔物に襲われ、重傷を負ったことだろうか。
柳仙が重傷を負って以来、桜花は以前よりもさらに魔物討伐に力を注ぐようになっていた。気付けば巫女としての仕事を疎かにするほどに。

「柳仙殿は今では元気にしているんだ。巫女としての役目を果たした方がいいんじゃないか?」
「怪我は治ったわよ。でも、旦那様は今でも夜な夜なうなされているのよ。魔物に襲われた時の記憶が蘇って、ね」
「…それは失礼した」
「良いわ。謝らなくて。それより、大分無駄な時間を食ったわね」
「俺の所為とでも言うつもりか?」

心外と言わんばかりの声色で、サイファーは文句を口にする。だが、桜花は元々吊り目気味の目をさらに吊り上げて怒鳴りつける。

「あんたの所為以外に何があるっていうのよ! 偽竜人けしかけたこと、忘れたなんて言わさないからね!」
「悪かったよ。とりあえず、だ! 魔竜洞へ向かおう。下らない話をするのは、その後だ」

そう言って、サイファーは桜花よりも先に歩き出した。未だ怒りが収まらぬと言った表情の彼女は、先に歩いたサイファーの背中に飛び蹴りを入れつつ、魔竜洞への道を歩き始めた。
14/11/22 23:57更新 / レイガ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b