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第三章:永遠の悲劇 5
エンジュ達に勝利したアレス達は、安堵の息を吐いた。だが、それも束の間。翠那はエンジュに近寄ると、思い切り胸倉を掴みあげる。小柄である彼女の体のどこから、そんな力が出るというのか。

「さぁ、答えなさい!! レイガは一体何を考えているの!?」
「あー…、仕方ないなぁ。答えてあげるよ」

翠那の剣幕に観念したのか、エンジュは苦笑いしながら質問に答え始めた。

「レイガにゃんがやろうとしてるのはホントに歴史の改変さ。異世界とはいえ、大きな悲しみばかりだろう。だから、俺達が得た力で世界を変えようとしているんだ。全部は取り除けないから、大きな悲しみの歴史だけを変えようと、ね」

エンジュの回答に、アレス達は揃って同じような疑問を抱いた。

レイガがそのようなことを考えるのか、と。

あまりにも彼にしては不自然な動機だった。間違いなく、もっと別の何かを隠しているのではないだろうか。三人はそう思っていた。

「そろそろかなぁ。せーっかくビリアル軍叩きのめして、歴史を変えたのに」
「何を言って…」
「きゃああああああああ!!」

町の奥にある建物の方から銃声が聞こえ、それを追うように女性の悲鳴が上がった。ビリアルの本隊が、バリルを射殺したのである。聞こえてきた悲鳴は、シゼルだろう。

未だ胸倉を掴まれているエンジュは、溜息を吐いて銃を翠那の足を狙って引き金を引く。

「きゃっ!?」
「ごめんね、手荒な真似をして」

撃ち込まれた銃弾によって、翠那の体は一時的なマヒを起こしていた。力が入らず、そのまま地面にへたり込んでしまう。

服の皺を整えながら、エンジュは倒れている美幸を横抱きに抱える。そのままアレス達に背中を向けて、その場から離れようとする。

「ま、待て…!!」
「待つわけにはいかないんだよ、翠ちゃん。レイガにゃんのこと、いつか分かるから。俺達からは教えられないんだよ」

そう呟いてエンジュはそのまま姿を消した。ルースもよろよろと立ち上がり、同じように姿を消す。

エンジュ達が居なくなり、取り残された三人。ふと、ルミナは思っていることを口にした。

「ねぇ、アレス。エンジュお兄様が言ったこと、あれは本当かな?」
「仮にそうだったとしたら、レイガはかなりの馬鹿者になる。だが、もし別の理由があるとするなら、それは彼が言ったとおり、いつか聞かねばならない」
「レイガ、どれだけ私を泣かせたら気が済むの…。もういい、帰ろう。ここに居ても意味がないし」

涙を流しながらも、帰還を求める翠那。幾度となく涙を流す彼女を見て、アレスはここに彼女の姉貴分の女性が居たなら、レイガは大変なことになっていただろうと苦笑いをする。

やがて、町の奥の方で闇の球体が膨れ上がり始めた。シゼルにネレイドが力を貸したのだろう。

アレス達は彼女の頭を撫でながら、精霊界へと帰還した。


一方の悠汰達は、過去のラシュアンに降り立っていた。雰囲気は同じだが、時間移動する前よりは村の空気がどこか違った感じを覚えた。

村人達はちらほらと各々の活動をしているが、悠汰達の姿を怪訝そうな目で見ていた。

「ちょっと、この視線は辛いですね…」
「ここの人たちからしてみたら、私達は余所者ですからね。こんな視線も飛んできますよ」
「…ふむ、ここが過去のラシュアンとなると」

村人からの視線をものともせずに、悠汰は周囲を見回す。

見渡しても、村人達が何らかの作業をしているだけで、悠汰が探し求めているものは影も形もなかった。

悠汰は腕を組み、しばらく思案する。

「どうしたんですか?」

思案している悠汰に、アリアは不思議そうに声をかけた。

悠汰は頭を上げると、彼女に顔を向けて口を開く。

「ああ、先にレグルスの丘に行ってしまおうと思うのだ。そこでレイガ達を倒し、歴史の改変を止める」
「それは…」
「待ってください」

悠汰に待ったをかけたのは、ティアラだった。その表情は真剣そのものである。

「どうしたんだ? ティアラ」
「本当に、それでいいんですか?」

ティアラのその問いかけに、悠汰はまるで意味が分からないといったような表情を浮かべる。

「確かに、歴史を正しく運ばせるのは大事ですよ。でも、成功したらここの村人はたくさん………! 蒼樹さんは、本当にそれでいいんですか!?」
「だが、歴史を改変してしまったら、歴史を食らう怪物が生まれてしまう。そうなってしまっては大変なことになる。だからこそ、止めなくてはならない!」

ティアラの問いを頑として受け付けず、逆に悠汰は、持論で彼女の意見を切り捨てる。

二人の様子を見て、アリアは悠汰に付いて来たことを軽く後悔していた。同じ意見ばかりで、他の意見を聞こうとしない彼に対して嫌気が差してき始めていた。

「確かにマーテルはそう言ってるけど、本当にそうなんですか? マーテルは帰ってきたら真実を伝えると言ってますけど、先に教えてくれた情報が嘘だったらどうするんですか?」
「マーテルやノルンは当事者だ。だから、間違いない」
「いくらなんでも、それは乱暴すぎませんか…?」

自信満々に言い切る悠汰に、アリアは溜息交じりに問いかける。

現状マーテル達の協力を得ているが、絶対の信頼を持っていての関係ではない。当然どこかに漠然とした疑心もある。それを差し引いての信頼はあるが、彼のように根拠のない自信など絶対に持ち得ない。

本当に彼が主導で大丈夫なのか。そう思っていると、どこからともなく暗紅色の髪をなびかせる少年と、少年を引っ張るように緑色の髪をおかっぱにした少女が現れた。その後を追いかけるように、青色の髪の気弱そうな少年が続いていく。

彼らが、幼少期のリッド、ファラ、キールなのだろう。彼らが向かう場所は、決まっている。

「む、早く行こう。彼等と鉢合わせする前に」
「そうですね。今は、レイガさんたちを止めないと」

三人はリッド達と会う前に、レグルスの丘へと急いだ。その方角は、首飾りが指し示していた。

ラシュアンの村から出て、しばらく経った。首飾りが指し示していた方角に進み続け、三人はレグルスの丘へと到着した。

中の侵入を阻むように、鉄柵がそこにそびえ立っていた。その端には簡素な錠前がついており、壊せば簡単に侵入できそうである。

「壊せば入れそうですが…」
「そうすれば、多少なりとも歴史は変わるだろうな。大きな流れは変わらないとしても」
「壊す必要はないよ」

どこからともなく聞こえる声とともに、鞘鳴りの音が響く。遅れて鉄柵がバラバラに斬られ、土煙を上げながら崩れ落ちる。

崩れ落ちた鉄柵の向こうに、鞘に納められた刀の柄に右手を添える天海の姿があった。先ほどまでは、彼の姿など影も形もなかった。

「っ!? 天海……!」
「身構えなくていいよ、レイガ兄ちゃんからの伝言を言いに来ただけだからさ。俺達はネレイドが封印されている扉の前に居る。ってさ」

天海の声は平静を保っているが、その表情は憤怒に満ち溢れていた。鞘に納められている刀も、ただ納めているというだけで鯉口はすでに切ってあり、すぐに抜刀可能な状態にあった。

天海のその表情を見て、全員は一瞬足が竦んでいた。今まで二度戦ってきたとはいえ、彼がここまでの表情をすることはなかった。今にも全員に斬りかかり、その場に叩き伏せんとばかりの殺気を放つことなど、今まで有り得なかった。

「っ…!」
「…レイガは、そこに居るんだな」
「そうだよ。でも、正直、俺はここで悠汰さん達と戦いたいんだけどね。兄ちゃんの邪魔をしてくるから」
「天海さん、教えてください…。レイガさんは、ただ単に歴史を変えたいだけなのですか…!?」

ティアラの問いに、憤怒の表情を浮かべていた天海は、一瞬だけその表情を揺らがせた。だが、すぐにそれは元の表情に戻る。

「それは、兄ちゃん本人から聞けばいいよ。俺からは、答えられない。今これ以上の詮索をするなら、みんなこの場で俺の刀の錆にする。それだけだよ」

そう言って、天海は悠汰達に背を向け、丘の奥の方へと歩き出したかと思うと、そのまま風景に溶けるように姿を消した。

天海の姿が消え、吹き付けるような殺気も消えた。見えない重りを着けられたかのように重かった体も、一瞬にして軽くなっていた。

全員は重苦しい溜息を吐いた。あれほどまでの殺気にしばらく当てられたためである。

「天海さん、本気でしたね…」
「デスティニーの世界で戦った時とは、比較にならないほどの気でした。もしかしたら、あれが天海さんの本気なのかもしれません」
「ふぅ…。なんにせよ、私達はレイガを止めなくてはならない。そうだろう?」

相も変わらず同じようなことしか言わない悠汰に、アリアとティアラはお互いに顔を見合わせて溜息を吐いた。諦めのような、失望のような、何とも言えない感情がないまぜになっている溜息を。

二人の様子を見て、自分は何か変なことを言ったのか、と首をかしげる悠汰。

「蒼樹さん、お願いですから、レイガさんを刺激するようなことは言わないでくださいね」
「私は別に、レイガを刺激するようなことは言っていないぞ? 何故かレイガが勝手に怒り出すのだ」
「それは……」

マーテルが言っているから、という言葉に反応するのだと口に出そうとしたが、止めた。言ったところで、結局何も変わらない、とアリアはそう判断していた。

「そろそろ行きましょう。リッド達がここに向かっているはずですから」
「レイガ達は奥に居るんだったな。行こう、彼らを止めに」
「止めるのもそうですけど、聞くべきことは聞きますよ」

三人がレグルスの丘の深部へと向かって、数時間が経った。

丘にある洞窟の中を歩き続けると、徐々に周囲の岩壁や地面が淡く光るようになっていた。その光る様子は、まるで星空のようだった。

この幻想的な光景に、アリアとティアラは感動に目を輝かせていた。

「綺麗ですねー…」
「これが全て、リヴァヴィウス鉱でしたっけ。ファラが欲しがる理由も、少しは分かる気がします」
「感動しているのはいいが、どうやら着いたみたいだぞ…!」

二人に注意を促すように、悠汰はこわばった声を上げた。

次の瞬間、三人の足元から無数の闇の刃が突き上がる。全員はすぐにその場から離れると、現れた刃は霧のように消え去った。

「ここまで来ると感心するよ。毎度毎度、俺達の邪魔ばかりしやがって」

奥の暗がりの方から現れたのは、レイガ達だった。明らかに悠汰に向けて言った言葉には、呆れと諦めの感情が混じっていた。

レイガの後ろに居る天海、愛由の二人もそれぞれ敵愾心や嫌悪感を表に出した表情をしていた。唯一シノだけが、申し訳なさそうな表情を見せていた。

「レイガさん…! 聞かせてください、レイガさんの本当の目的を」
「ティアラさんか。悠汰達から聞いてるはずだよ。俺は、俺のやりたいようにやるって」
「レイガ、やはり歴史を食らう怪物を蘇らせるつもりだったか…!!」

レイガの言葉に食ってかかってくる悠汰。早合点に等しいその言葉に、彼は奥歯がこすれる音が聞こえるほどに歯を食いしばり、悠汰を睨みつける。

彼の怒りの表情を見たアリアは、即座に悠汰の頭をいつの間にか作り出していたピコハンで殴り飛ばす。

気の抜けた音が洞窟内に響くが、その衝撃は悠汰の意識を刈り取らんばかりの威力だった。

「ぐはっ!?」
「うわ、きょーれつ…」
「蒼樹さんはちょっと黙っていてください!」

眉を吊り上げながら、悠汰を一喝するアリア。その怒りのままに、彼女はレイガに視線を向けた。

「レイガさん、やりたいようにやるって嘘ですよね? レイガさんは、そんな勝手なことをする人じゃないはずです…。まして、翠那さんを泣かせるようなことをする人じゃ…」
「それは俺とあいつの問題だ。他人が気安く触れるもんじゃないよ。ただ、みんな揃って疑ってたか」
「当たり前だよ、レイ。普段のレイがやることじゃないんだし」

レイガの言葉を、シノが軽くたしなめる。苦笑いしながら、彼は頭をかいた。

「まぁ、いいや。この際だ、教えてやるよ。俺は、俺達の世界の過去を変える力を手に入れる、そのためだ。歴史を食らう怪物? んなもん、俺には関係ない。歴史が大事なら、お前たちがそれを始末したら良い」

レイガが言い放ったその言葉に、悠汰達は衝撃を受けた。

現実世界の歴史を変えることを望んだだけではなく、彼は歴史を食らう怪物の復活すら、自分の目的のためなら関係ない、と言い切ったのだ。

悠汰達は、レイガに対して強い怒りの感情を覚えた。得物を持っている手に、力が入る。
16/05/01 20:47更新 / レイガ
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